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《ユニクロ柳井氏「日本人は滅びる」論争》元ネスレ日本CEO・高岡浩三氏が考える復活への策 「税金を使って脱落者の再教育を」「新卒採用より再雇用を重視」

問題提起したファーストリテイリングの柳井正社長(時事通信フォト)

問題提起したファーストリテイリングの柳井正社長(時事通信フォト)

 ユニクロを運営するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が、日本テレビの『日テレNEWS』(8月26日放送)で「少数精鋭で仕事するということを覚えないと日本人は滅びるんじゃないですか」と述べたことをきっかけに巻き起こった論争。柳井氏の考え方に共感を示したのは、ネスレ日本の元代表取締役社長兼CEOである高岡浩三氏だ。

 日テレのインタビューで柳井氏は「日本は中流階級の国ではなくなった」と述べている。高岡氏も、この30年で日本と世界の差は大きく開いてしまったことに危機感を募らせる。

「今年、日経平均株価が4万円を超えて大騒ぎしましたが、今の為替レートの時価総額ではアメリカ市場の150分の1です。日本のすべての上場企業の時価総額を足しても1000兆円にもならないけど、米国の世界トップ3企業の時価総額を足せば1200兆円にもなる。もはや世界に追いつくのは難しく、日本が稼ぐには観光とインバウンドしかないと言われます。でも本当にそれだけでいいのですかと、僕は問いかけたい」(高岡氏、以下「」内同)

日本企業には「謙虚さ」が足りない

 低迷を脱却するにはどうすればいいか。前述のインタビューで柳井氏は海外からの知的労働者を受け入れることを説いたが、高岡氏も同じ意見だという。

「少子高齢化と人口減少が進んで国内市場が縮小するなか、“日本だけで学ぶ”という姿勢では『謙虚さ』が足りません。カナダやオーストラリアは欧米の移民政策を反面教師にして、知的人材を積極的に受け入れて成功しました。日本も、ただ単に安い労働力を入れるのではなく、海外の優秀な人材と切磋琢磨して、ダイバーシティ(多様性)を実現しながら国力を高めていくことが大切です。そういう意味では、柳井さんの言わんとしたことは非常に正しいと思います。それなのに日本の政府は『異次元の少子化対策』と銘打ちながら、単なる目標を掲げるだけで実効的な戦略がありません。

 しかもこの先は汎用性のAI(人工知能)が出てきて、現在の日本のホワイトカラーの仕事の半分がなくなると考えられます。となると、いかに少数精鋭で稼ぐかが極めて大切になりますが、その大仕事を日本人だけでできるとは思えません。過去半世紀でできなかったわけですから。だからこそ、優れた外国人を入れて、日本のよさを残しながら外国のいいところを学んでいく姿勢が最も求められます。また、海外の知的労働者を入れる場合、彼らだけ特別扱いしたらこれまでの社員が怒るでしょう。移民を受け入れる経営者は、まず自分の社員の給料を上げる必要があります」

上場廃止した東芝(時事通信フォト)

上場廃止した東芝(時事通信フォト)

経営危機の会社に「税金投入」している場合か

 優れた少数が稼ぐ社会では富が成功者に集中し、欧米のように格差が広がるのではないか。高岡氏は、日本社会が勝ち組と負け組に分かれる危険性を認めたうえで、「税金を使って脱落者を再教育すること」を提唱する。

「個人的には北欧モデルを取り入れて、税金を高くすべきだと思います。例えば、国力ナンバー1といわれるデンマークは人口560万人の小さな国ですが、国民の平均収入は約1000万円。税金は高く、消費税も入れると65%を税で取られますが、その代わりに様々なセーフティネットがあります。日本は人口が多いから北欧のようにはできないとの意見がありますが、これから汎用AIが普及したら、大卒レベルの仕事が本当になくなります。その際、AIに仕事を奪われた人たちに失業手当を払い、リスキリングして新しい産業に送り出すことが必要になる。そういった使い途のためなら高額な税金を課してもいいと思います。

 ところが日本での税金の使い途は全く違っていて、経営危機を迎えた東芝やJALなど大企業に巨額の税金を投与する。そりゃ、あれだけの借金を棒引きされたら誰にでも再生できますよ(苦笑)。間違ったことを日本はずっとやっているから苦しくなる」

日本企業のガバナンスは“幼稚園レベル”

 柳井氏は「少数精鋭の働き方」へのシフトを提唱した。実現のためには人材登用のあり方も変わってくるはずだが、高岡氏は現在の日本企業の「新卒採用」に否定的な見解を示す。

「僕がネスレの社長時代、人手不足はブルーカラーだけでホワイトカラーは逆に人余りの状態でした。デジタル化と汎用性AIの台頭で高まるホワイトカラーの生産性に危機感を抱き、ホワイトカラーの社員数を減らすため、団塊の世代が退職するなか新卒採用をやめて10年間で正社員の数を600人減らしました。今も社長を続けていたら、間違いなく新卒採用の代わりに他社を定年退職する人たちの再雇用に邁進していたことでしょう。

 彼らは新卒のように莫大なコストをかけて教育する必要がなく、生産性の向上に貢献します。しかも日本のほとんどの企業は退職金も十分でなく、人生100年時代を生き抜くのは難しい。そうした人たちが老後資金を稼ぐためにも再雇用はもってこいなのに、どうして多くの日本企業がいまだに新卒の学生の採用ばかりやっているのか、わけがわかりません」

インタビューに応えた元ネスレ日本CEOの高岡浩三氏

インタビューに応えた元ネスレ日本CEOの高岡浩三氏

「内部留保」を貯め込む企業が許せない

 ガバナンスの面でも日本は“後進国”だと指摘する。

「昔と比べると日本でもようやく企業のガバナンスなどが唱えられるようになったけど、欧米基準からみると今の日本の株主総会や社外取締役制度はまだ幼稚園レベルです。利益を生み出さない弁護士や会計士が取締役に名を連ねるのは、欧米の一流企業から見たらあり得ない。逆に言えば、今の日本の社長や執行役は“モノ言う取締役”を求めていないことが見え見えです。その意味でも、もっと謙虚になって海外から学ぶべきでしょう」

 高岡氏がトップを務めたネスレは羨ましい「年金制度」が存在するという。

「ネスレは企業年金が世界一充実した企業で、定年時の基本給の半分が定年後も最低20年間保証されます。1000万円だったら500万円が80歳まで支給され、途中で当人が亡くなっても80歳までは遺族が満額をもらえます。そこまで年金を払うことができるのは利益率が高いから。僕が社長を務めた時代に頑張って利益率を12%から25%に上げましたが、現在も日本の企業の9割は利益率が10%に達しません。これでは政府がいくら『賃金を上げろ』と号令を出しても無駄。根本的な問題として、企業が利益率を上げて稼がないと、社員に給料も年金も払えません」

 加えて日本の大企業には「内部留保」の問題もあると、高岡氏が語気を強めて語る。

「そもそも日本企業には500兆円に達する国家GDP並みの内部留保があるわけで、1割の50兆円でも投じればすぐに給料を上げられるはず。日本の経営者は内部留保を貯め込んでろくな設備投資もせず、社員の給料も上げない。それでいて役員の報酬だけは、嫌いなはずの外資系の真似をしてストックオプションを使い、この30年間で1.5倍以上にしています。何ということでしょうか。僕には許せません」

日本の強みは「真似」

 柳井氏と前澤氏の“論争”に多くの人が関心を寄せるなか、果たして日本人は滅びるのか、滅びるわけはないのか。最後に高岡氏が胸の内を語る。

「株価4万円で景気がよくなったと証券会社は騒いでいますが、外国の投資家から見れば日本の株はタダみたいに安く、あのセブン&アイ・ホールディングスが買収されそうな時代です。だからこそ、日本は自信を持つ前に謙虚さを持たないと本当にまずい。バブルが弾けてなぜ日本が落ち込んだかというと、謙虚さを忘れたからです。日本はイノベーションを起こすのではなく、他国のイノベーションを真似して、それを磨いて世界一になる能力を持つ国。それが日本の強みです。

 トヨタもそうですし、実は柳井さんもZARAのビジネスモデルを真似して磨きあげて世界一になろうとしています。そうした能力に加えて、日本の労働力の質は非常に高いので、まだまだ世界で勝負できると信じています。ただし日本はメディアも含めて、あまりに世界の現実を知りません。今回の柳井さんと前澤さんの一件が、“世界の中の日本の地位”を知るきっかけになればいいと思います」

■前編記事:《独自》ユニクロ柳井氏「日本人は滅びる」発言に元ネスレ日本CEOが賛同 「“世界の中の日本”の立ち位置を正確に表わしている」バブル崩壊後の日本企業の失敗とは

【プロフィール】
高岡浩三(たかおか・こうぞう)/1960年生まれ。1983年、神戸大学経営学部卒業後、ネスレ日本入社。2010年よりネスレ日本代表取締役社長兼CEO。2020年3月、同社を退社。著書に『ゲームのルールを変えろ』(ダイヤモンド社)、共著書に『逆算力』(日経BP社)がある。

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