*09:00JST 安くて強いドル【フィスコ・コラム】
スイスフランの対ドル相場が夏場以降、14年ぶり安値圏に浮上しています。良好なファンダメンタルズに加え、米国の不透明な政策運営で安全通貨として選好されていることが背景にあります。ただ、輸出大国の同国にとって、通貨高は痛手でもあります。
フランはドルに対し4月以降は水準を大幅に切り上げ、6月に心理的節目の0.80フランを上抜けた後、9月には2011年以来14年ぶりとなる1ドル=0.7828フランまで強含みました。1月の高値から18%増価したことになります。その後上昇は一服しているものの、フラン買い圧力に変わりはなく、足元では0.80フラン付近で推移。フラン買いが再開すれば、9月高値をブレークする可能性もあります。
その背景には、スイスの政治的中立と制度の安定性から通貨が資産保全の手段としても機能している事実があります。安全資産としてのフランは、堅実な財政運営と安定した経常黒字、さらにスイス国立銀行(SNB)の慎重かつ透明性の高い政策対応に裏打ちされているようです。特にSNBの金融政策運営は、通貨と金融システムの健全性の拠りどころと指摘されます。
一方でスイスは輸出大国でもあり、フラン高は企業収益を圧迫。急激な通貨高は海外売上の目減りや雇用への影響を通じて実体経済を冷やしかねず、製薬、機械、時計といった主力産業が価格競争力を維持するには為替の安定が重要。同国の4-6月期国内総生産(GDP)は前年比+0.1%の低成長にとどまり、7-9月期は同0.3%と小幅改善が予想されるものの、米高関税の影響で失速も十分にあり得ます。
この構図を為替の力学で見れば、スイスの「強い通貨を持つ国の苦悩」が浮かび上がります。米国の財政赤字拡大や関税政策の迷走でドルの信認が揺らぐなか、資金はフランへ流入。結果としてドルは安くなっても国際的な影響力を保ち、むしろ「安いこと」が米国の戦略的優位を強める皮肉な状況に。スイスにとってフラン高は痛みであると同時に、ドル支配の中で独立を守るための“代償”と言えるでしょう。
同じ安全通貨でも、円は米国の通貨政策に左右されやすく、フランのように自立した動きを取りにくい特徴があります。先の日米財務相会談では、米国側が日銀の金融政策を通じてドル安・円高の方向を探っていることが鮮明になっています。日銀は直近の金融政策決定会合で慎重姿勢を示しましたが、強硬なアメリカ・ファーストと柔軟なサナエノミクスの融合を見る限り、早期利上げを織り込んだ方が良さそうです。
(吉池 威)
※あくまでも筆者の個人的な見解であり、弊社の見解を代表するものではありません。
<ST>