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アイチ・森下安道伝 トランプタワーを買った男は漁師の末っ子として生まれた

2021年11月7日 19:00 週刊ポスト

 伊作の始めた洋服屋が「服中屋」である。
 
 安道は1938(昭和13)年4月、福江町にある公立小学昌学校(現・田原市立福江小学校)に入学し、終戦を経て小中学校制度が変わり1947年に設立されたばかりの同市立福江中学を卒業している。小中学生の頃から父親の始めた衣類の行商を手伝ってきた。さらに栄治が解説してくれた。
 
「服中屋は行商の拠点のようなもんだで、一応、従業員みたいなかたちでうちの親父や伊作さんの息子たちが働いとった。だけど、それはほんの何年かの話でした。いちばん上のお兄さんが、『行商で服を売ってるだけでは駄目だで、自分で店を出す』いうて、福江から出ていって岡崎にある洋服の工場で働き始めたんだ」
 
 徳川家康の生誕地として知られる岡崎市は愛知県の中核都市であり、隣接する豊田市とともに発展してきた。そこで働き口を求めて独立したのが森下勇雄だ。森下家では大正時代に2人の男子が夭折しているため、勇雄は伊作の3男にあたるが、長兄としてきょうだいの面倒を見てきたという。安道も勇雄を頼り、そこから洋服の仕立ての修業を始めた。栄治が言葉を足す。
 
「勇雄さんは岡崎で洋服店を出し、家を構えていました。3番目の忠雄さんも岡崎でいっしょに洋服屋をやっていたと思います。安道さんはそのお兄さんたちを頼って岡崎に出ていった」

 これまでほとんど報じられてこなかったが、森下家のきょうだいたちの絆はかたい。安道には、勇雄や忠雄のほか2人の兄と姉がいる。次兄の房雄はのちに安道が上京し、金融の世界に入ってからもしばらくいっしょだったという。
 
「2番目のお兄さんもすごい人で、千葉県にお城のような家を建てて、親戚中で評判でした。『千葉へ来てタクシーで名前を言えば連れていってくれる』と言っとったけど、残念ながら俺は行ってねえな。安道さんが愛知から東京に行ったのも、2番目のお兄さんが千葉にいたからでねえかな」
 
 もう一人の4番目の兄は三重県に渡り、不動産業などを始めたようだが、30歳前後で早逝してしまい、姉の豊子はトヨタの幹部社員のもとへ嫁いだ。栄治が述懐する。
 
「豊子さんはトヨタの人と結婚し、30年ほど前に亡くなりました。旦那さんはよほどのトヨタの重鎮だったんだでねえかな。豊子さんの葬儀は盛大でした。豊田市内の自宅でおこなわれたんだけど、弔問者が多すぎて大変でした。近くの公園に3つもテントを張って、トヨタの関係者と一般の参列者に分けられて大勢が並んでいました。あれっ、どこかで見たことがある人がいるな、と思ったら、章一郎さんと章男さんの二人が並んで弔辞を読んでいましたね」

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