
「リスクオフ」の円買いが消えた背景
ここ10年から15年ぐらい、特にリーマン・ショック以降でしょうか、株価の急落や自然災害、戦争リスク等が高まると円高になる傾向がありました。いわゆる「リスクオフ」の円買いは、昔はなかった言葉ですが、「リスクオン」という言葉と共に、今はすっかりマーケットに定着しています。
「リスクオン」というのはリスクを取るという意味ですが、これが円売りを意味し、「リスクオフ」というのはリスクを減らす、解消するという意味ですが、これが円買いと同義となっています。どうしてこうなったのでしょうか。
歴史を振り返ると、その背景には「円キャリートレード」というものがありました。最初に「円キャリートレード」が始まったのは1996~7年頃でしょうか。80円台に突入した円高、そしてその後の金融危機を背景に、日銀は0.5%という当時としては信じ難い低金利を余儀なくされました。ルービン財務長官による「強いドル」政策とあいまって、「高金利のドルやその他の通貨を買い」/「低金利の円を売る」ことで、キャリー収益を稼ぐトレード手法がヘッジファンド勢に爆発的に流行しました。
その第1次円キャリーブームは、ドル円が1998年8月に147円でピークをうち、同年10月にはわずか2日間で20円下落するというドル円の大暴落で幕を閉じました。タイガーファンドを始め、高収益を誇った多くのファンドがあっという間に利益を吹き飛ばしてしまい、ジュリアン・ロバートソン氏(タイガーファンド創始者)はトレーディングからの引退を宣言しましたのです。
しかし、日本の低金利はその後も続きました。2000年代に入ると、大相場を張って勝負するマクロヘッジファンドの影が薄くなり、いわゆるリアルマネー(投資信託、年金等)がマーケットの中心となりました。
そこではMBAを取った高学歴ファンドマネージャーがシステマチックに「キャリー」を積極的に狙うトレーディングが主流となりました。その結果、2000年に90円割れまで下落したユーロ円は2007年には170円近辺まで上昇、同様に55円前後だった豪ドル円は2007年に107円超えで上昇し、2000年台は円キャリー全盛、グローバルソブリン、通称「グロソブ」ファンドが多くの人の支持を得て、6兆円規模にまで膨れ上がったことも、記憶に新しいところです。
その第2次円キャリーブームもリーマン・ショックで終焉を迎えます。世界中の国が超金融緩和政策を採ったため、円キャリーというトレードは解消を迫られ、ドル円は75円台に、豪ドル円も55円台へと急落したのです。
リーマン・ショックといった大規模な「リスクオフ」イベントがあると、その前に積み上がった円売りポジションが切らされて(損切り)、一気に円高に向かうというパターンは、こうした背景のもと定着しました。そして「リスクオフ」=円高となるためには、事前の円売りポジションの積み上がりが絶対に必要なのです。
ところが、実際のマーケットは「イベント発生=円買い」という反応ばかりに注目してしまい、事前に円売りポジションが積み上がってなくても、円を買うという反応になりました。積み上がった円売りポジションがないので、大きな円高にはなりませんが、それはそれで有効な市場の特性でした。
しかし、今年に入ってから明らかに「リスクオフ」の円高という動きに陰りが見えています。事前の円売りポジションの積み上がりがないことが1つの理由でしょう。また、米金利が3%前後まで上昇し、これから円キャリーを積み上げても十分な金利差が生じ始めていることも、もう1つの大きな理由でしょう。
それに加えて、米国は巨額の法人税減税を行いました。何らかの投資を行う場合、高齢化が深刻化する日本国内より、米国の優位性は際立っています。事実、今年は企業買収や直接投資等の円売りが、かなりの金額に登っているようです。こうした本邦企業サイドからのドル買い円売りも、現在のドル円相場を支えている模様です。
どうしても日々のトレーディングはトランプ氏の乱雑なツイートに惑わされます。貿易戦争が極端なリスクオフ的環境を作り出す可能性もあります。しかし金利差やビジネス環境等において、日本と米国のファンダメンタルズ格差が無視し得ないほど広がっているという状況は、明らかに今後の相場に影響を与えると思われます。
【PROFILE】志摩力男(しま・りきお):慶応大学経済学部卒。ゴールドマン・サックス、ドイツ証券等、大手金融機関にてプロップトレーダー、その後香港にてマクロヘッジファンドマネジャー。独立後も、世界各地の有力トレーダーと交流し、現在も現役トレーダーとして活躍。公式サイト(http://shimarikio-official.com/)
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