毎週土日は社宅の同僚の家で宴会
そして教師以外の一般的サラリーマンを振り返ると、これもまた今考えるとヘンテコだった。私の父親はメーカー勤務だったのですが、とにかくよく麻雀をやっていた。そして夜中の3時に酔っ払って帰ってきては、すぐに寝て7時30分に家を出て会社に行っていた。
それでも母親は「まぁ、あの人は麻雀が好きだからね……」みたいな言い方をしていた。夕飯を作って待っているのに帰ってこない父親に違和感もありましたが、「それも仕方がない。お付き合いだから」と認めていた面もあったのでしょう。さらに、毎年お歳暮の時期になると六本木の「○○企画」みたいな会社からお菓子が届いていた。おそらく六本木のクラブなどが、運営会社名で上客にお歳暮を送っていたのでしょう。今になればそう理解できます。
こうしたことを踏まえると、昭和のサラリーマンはどうも、「家庭を顧みないのがカッコイイ」といった価値観があったようにも思えるのです。
さらに、私は社宅に住んでいたのですが、毎週土日は社宅の同僚の家で宴会が開催されていたのです。子供達はつまみが足りなくなると「焼き鳥買って来い!」と1000円札を3枚渡されて、近くの焼き鳥屋に40本ほどを買いに行かされた。
今の感覚でいえば、「土日に会社の人と家族ぐるみの付き合いをするなんて耐えられない……」となりそうですが、当時は全然そうではなかったのです。むしろ「気が合う仲間と週末も交友関係を深める」だったのでしょう。
ちなみに、私は2月上旬から3月上旬までタイ・バンコクにいたのですが、かつて社宅友達だった女性が現在タイに住んでいて、久しぶりに会う機会がありました。「淳(私のこと)、タイにいるんだったら会おうよ」と言われ、飲みに行ったのです。このように40年後も異国で出会える関係性のきっかけが、社宅という、今から思えば特殊な空間だったわけで、当時モーレツサラリーマンだった父親に感謝したい気持ちもあります。
【プロフィール】
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、大手広告会社に入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など多数。最新刊は『日本をダサくした「空気」』(徳間書店)。