閉じる ×
閉じるボタン
有料会員限定機能の「クリップ」で
お気に入りの記事を保存できます。
クリップした記事は「マイページ」に
一覧で表示されます。
マネーポストWEBプレミアムに
ご登録済みの方はこちら
小学館IDをお持ちでない方はこちら
島崎晋「投資の日本史」

【『べらぼう』蔦屋重三郎とその時代】幕府の出版統制を“甘く見ていた”蔦重が検閲をくぐり抜けるために講じた「2つの対策」【危機管理の日本史】

戯作者・浮世絵師の山東京伝が京橋銀座一丁目に開いた煙草入れ屋の店先。店には歌舞伎役者ら当代の人気者が集まったとされる。出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

戯作者・浮世絵師の山東京伝が京橋銀座一丁目に開いた煙草入れ屋の店先。店には歌舞伎役者ら当代の人気者が集まったとされる。出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

 江戸時代、大衆向けの洒落本や黄表紙、喜多川歌麿らの浮世絵を出版して成功を収め、歴史に名を残した蔦屋重三郎(1750〜1797)。晩年にかけては出版を統制しようとする為政者との戦いにも挑んだ。その生涯を描いた今年のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』もついにフィナーレを迎えた。新刊『危機管理の日本史』を上梓したばかりの歴史作家の島崎晋氏が、幕府の出版統制をくぐり抜けた蔦重の対策を「リスクマネジメント」の視点から検証する。【前後編の前編】

 * * *
 2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう」がついに完結。最も注目された「東洲斎写楽」の正体は特定の個人ではなく、蔦重夫妻と喜多川歌麿および多くの無名の絵師たちの合作、「チーム写楽」とでも呼ぶべき情熱の結集という誰もが予想できない結末になった(通説で“正体”とされる能役者には別の役柄があてがわれた)。しかし振り返れば、写楽とその浮世絵は蔦屋重三郎(蔦重)が松平定信の出版統制で追い詰められた挙句、起死回生の策として生み出されたもの。そこまで窮地に立たされた要因は、蔦重のお上に対する認識の“甘さ”があったようだ。

蔦重の時代の100年前から続く「出版統制」

 江戸時代の出版統制は松平定信に始まるのではなく、その歴史は遡ること100年以上前、4代将軍徳川家綱の寛文13年(1673年)に公布された法令に始まる。そこでは、「公儀に関すること」「諸人が迷惑すること」「珍しいことを新たに刊行する」書物を出す場合は、町奉行所に届け出て差図を仰ぐよう定められていた。

 ここで言う「公儀」は徳川幕府、「差図」は判断の意。「公儀に関すること」は幕府の政治や為政者を批判・揶揄・中傷することを指し、まずその出版が禁じられた。しかし「諸人が迷惑すること」「珍しいことを新たに刊行する」は曖昧すぎる言い方でいかようにも判断できる。元禄年間(1688〜1704年)に大流行を始めた俳句や浮世草子(小説)の中でも、特に浮世草子には読者の関心を引くべく、歴史の改竄や倫理に反するものも出てきており、有識者たちははっきり線引きをする必要を感じていた。

 それが8代将軍徳川吉宗の時代、不健全な財政や風紀の乱れなどを糺す意図で開始された享保の改革の一環として、町奉行の大岡越前(忠相)により発禁対象が具体化された。好色本(情事を題材にするなど性的な表現を含む作品)、徳川家康や徳川将軍家に関するもの、大名の家系を改竄する内容のものの3種類で、以上の届出義務化に加え、地本問屋(浮世絵版画や草双紙、黄表紙などの版元)間での相互検閲が奨励された。

 質素倹約や品行方正が強制された吉宗時代の反動もあり、田沼意次が権力を握った時代(1767〜1772年)は、上からの積極財政が推進されるとともに、大衆文化の分野では黄表紙や洒落本、読本などの通俗小説が大変な人気を博した。だが、古典に名を借りたパロディー作品の中には、幕府にとって容認できないものも多数見受けられたことから、寛政2年(1790)5月には禁止対象に、「昔のことのように装って不謹慎な内容のもの」が加えられたうえに、豪華な装幀の禁止、版元・作者名の明記が義務付けられた。

 かなり規制が強化されたわけだが、絵草紙店「耕書堂」を日本橋に開き成功を収めていた蔦重はまだ軽く考えており、山東京伝に洒落本(遊郭を舞台とした読み物)3点、『錦の裏(にしきのうら)』『仕懸文庫(しかけぶんこ)』『娼妓絹籭(しょうぎきぬぶるい)』の執筆を依頼していた。

次のページ:蔦重が講じた「検閲をくぐり抜ける2つの対策」

注目TOPIC

当サイトに記載されている内容はあくまでも投資の参考にしていただくためのものであり、実際の投資にあたっては読者ご自身の判断と責任において行って下さいますよう、お願い致します。 当サイトの掲載情報は細心の注意を払っておりますが、記載される全ての情報の正確性を保証するものではありません。万が一、トラブル等の損失が被っても損害等の保証は一切行っておりませんので、予めご了承下さい。