「慢性疼痛」は「薬だけの治療」では効果が得られにくい
痛みが3か月以上続く状態と定義される「慢性疼痛」の患者は、日本に2000万人以上いると推計されています。全国規模の調査によると、痛みを訴える場所は複数にわたることが多いですが、部位別では腰痛が58.6%、肩が38.7%、下肢が37.9%と、筋骨格系(運動器)に多くみられます。また、変形性膝関節症など、年齢とともに増えるタイプもありますが、全体的な傾向としては30~50代の働き盛りに多いこと、そして、農業や漁業など身体を動かす職業よりも、デスクワークに従事する人に多いこともわかっています。この事実は、単に身体が痛むというだけでなく、生活環境や業務内容、過度なストレスなど、複雑な背景が絡み合って痛みが続いていることを示唆しています。
言い換えれば、「薬だけの治療」では効果が得られにくいということであり、病院での治療に対する患者満足度が非常に低くなる要因にもなっています。現状を打開しようと複数の医療機関を渡り歩く患者さんの姿は、ご本人にとって辛いだけでなく、社会的にも大きな医療費負担となっています。
痛みセンターの多角的な取り組み
この国民的課題に対し、国は2010年に慢性疼痛対策の有識者会議を開いて提言をまとめ、研究・教育・医療体制の整備を進めてきました。特に医療体制については、欧米で普及している「集学的治療」を実践するため、現在では全国に23か所の「痛みセンター」等の拠点が整備されています。そこでは、2人以上の整形外科や麻酔科などの身体科専門医に加え、1人以上の精神科・心療内科の専門医と、看護師、理学療法士、公認心理師などのコメディカル(医療従事者)がチームを組み、多角的な視点で治療方針を検討しています。
私は整形外科が専門ですが、センターには運動器の痛みだけでなく、神経痛や線維筋痛症のように原因不明の全身痛、あるいは、ワクチン接種後に足が痛くて歩けなくなったケースなど、さまざまな患者さんが受診されます。原因も状態も異なりますが、共通しているのは「長期間の痛みに困っている」という点です。
国際疼痛学会は、痛みを「不快な感覚・情動体験」と定義しています。脳の中では、痛みそのものを感じる「感覚体験」と、辛さや苦しさを感じる「情動体験」が同時に生じています。なかなか治らない痛みの苦しみは、この「情動」の要素が大きいと考えられます。患者さんがこの情動体験とどう折り合いをつけ、生活していくか。我々専門医は、この一筋縄でいかない難問に日々向き合っているのです。
「慢性疼痛の治療は薬だけでは効果が得られにくい」と語る牛田医師
■後編記事:「慢性疼痛治療の第一目的は、痛みをゼロにすることではありません」 “脳の経験”によって痛みの感じ方が左右される、慢性疼痛治療の難しさ【専門医が解説】
【プロフィール】
牛田享宏(うしだ・たかひろ)/愛知医科大学医学部疼痛医学講座教授、愛知医科大学病院副院長。1991年高知医科大学医学部卒業後、米国テキサス大学医学部客員研究員、高知大学医学部附属病院整形外科講師などを経て、2007年愛知医科大学医学部学際的痛みセンター(現・疼痛医学講座)教授、2021年同大学病院副院長に就任。著書『いつまでも消えない「痛み」の正体』(青春出版社)、『「痛み」とは何か』(ハヤカワ新書)など。
取材・文/岩城レイ子
