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中川淳一郎のビールと仕事がある幸せ

「新しいプロジェクトにワクワクしている」 フェイスブックに散見される「意識の高い中高年」の投稿に痛々しさを感じるワケ

高級ホテルのバスルームにて、意識高い中高年っぽく撮ってみた

高級ホテルでワイングラス片手に、意識高い中高年っぽく撮ってみた

若者であれば「元気があってよろしい!」と応援したくなるが…

 私自身は47歳で“半隠居生活”に入りましたが、それは自分の能力の衰えを自覚したからです。私にとって編集・ライターという仕事のピークは40代前半頃だったと思います。そして、50代に入ると「本当は若者も一緒に仕事をしづらいんだろうな……」と思うようになり、47歳でそれまで自分がメインで担ってきた仕事から撤退し、後進に譲りました。以後約4年間、仕事ではまったく活躍していません。

 上記で紹介したような投稿には、どこか「人間は永遠に成長し続けられる」「生涯現役」「私はここまで成功したのである。まだまだこれからも輝ける」といった気持ちが読み取れてしまうのです。

 イキった若者であれば「元気があってよろしい!」「そのくらい生意気な方がいい!」と素直に応援したくなるのですが、50歳を過ぎて「私はすごい!」的な投稿をしているのを見ると、「そんなに無理しないでいいのに……」と思ってしまうのです。仕事は継続しているし家族はいるし、年に1回の海外旅行は行けている――これだけで十分その人は良い人生を送っているのに、強がって少し盛った投稿をしてしまう。これが痛さの背景にあります。

 そして、こうした投稿を目にしたことで、自分も対抗して同じようなことをやってしまう人もいると思います。それが現在のフェイスブックに投稿する50代以上の自慢合戦とそこから生まれる痛々しさに繋がっているのではないでしょうか。こうした人々が70代以降になったら何を投稿するんですかね。高級老人ホームに入居したことやら、孫が有名大学に合格したこととかでしょうか。

 しかしながら、この手の投稿は、私の東京時代の知り合いに見られるもので、現在拠点としている地方都市の50代以降の人たちは、地元のイベント紹介、新店舗発見、畑で捕れたヘンな形の野菜、料理人だったら新しく作ったレシピみたいな投稿が多い。要するに「日常」です。都会の人は「非日常」をなんとか見つけ出そうと頑張り過ぎているんじゃないかな、無理しないでいいのに、と私は思うのです。

【プロフィール】
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、大手広告会社に入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など多数。最新刊は『日本をダサくした「空気」』(徳間書店)。

キレイなバスルームでウキウキの筆者
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