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住まい・不動産

「いい場所だったけど…」島田洋七さんが最初の地方移住時の失敗で痛感した“住み替えの鉄則”「無理に溶け込もうとしない」「立地が大事」「自宅を売るのは、お試しで移住してから」

地方移住をする際に知っておきたい心得とは(島田洋七さん。時事通信フォト)

地方移住をする際に知っておきたい心得とは(島田洋七さん。時事通信フォト)

 24年前に佐賀に移り住んだタレントの島田洋七(75)は、その前に一度、地方移住で手痛い失敗をしていた。当時の経験から「知っていないと困る住み替えの鉄則」を語る。

 最初に一家で静岡の山奥に引っ越したのは40代の頃。子供2人が喘息で、空気がキレイな地域で暮らそうと思いました。

 でも、行ってみたらなかなか難儀でね。元々は山だった場所で柿の木があり、野生の猿や鹿、イノシシがよく出没した。猿が持っていくから洗濯物を干されへんし、子供たちには「イノシシが出たらこれで追っ払え」と、通学時に棒を持たせていました。

 内見の時、地主さんが「水は大丈夫」と言ったけど、引っ越してから実際に台所の蛇口をひねったら近くの川からパイプで引いた水が出てきた。騙されたと思って仕方なく700万円かけて井戸を掘り、水質調査をして生活用水にしました。結局家も建てたから、土地や上物も含めると全部で数千万円は使ったやろね。

 田舎で街から遠いとはいえ、一帯は観光地だから都心と比べて物価が高く、奥さんはよく嘆いていた。いい場所だったけど、山奥は難しいね。

 結局、1年半ほどで東京に戻ることにしました。当時は所沢に自宅があり東京にも打ち合わせ用のマンションがあったので時々都内に戻って仕事をこなせていた。

 静岡の生活が嫌になっても帰る場所があったのは本当によかった。自宅を売って移り住んでいたら、取り返しの付かないことになっていたやろね。

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