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ファミコン登場が引き起こした「おもちゃ業界の革命」 小売もメーカーも勢力図が一変、定価販売の慣行が崩れ地域一番店も消えていった

元KADOKAWA社長の佐藤辰男氏

元KADOKAWA社長の佐藤辰男氏

10年の間に売上ランキングは様変わり

 もちろん『ファミコン』は、上流の風景も変えた。日経流通新聞調べによる玩具卸売業の1976年度と1985年度のランキングを比較してみよう。

 10年の間に売上ランキングは様変わりしたことがわかる。

 まず、ドルショックとプラザ合意後の2度の円高がおもちゃ業界に構造改革を強いた。1971年のドルショック(金・ドル交換の一時停止を含むドル防衛策)による、1973年の変動相場制への移行を契機に円高が進み、おもちゃの輸出に陰りが見えた。

 1972年には香港に輸出第1位の座を譲り渡す。幸い国内市場の成長があったから、バンダイ、タカラ、トミーの大手3社は国内市場の育成にかじを切り、総体としては企業を成長させることに成功した。

 1976年にランキング1位だったポピーは、株式上場を目的とした再編でバンダイ本社に取り込まれた。本社も『ガンプラ』の大ヒットで絶好調だった。タカラは『チョロQ』に続いて『トランスフォーマー』が当たり快進撃中。国内に工場を持ち、プロダクトアウト志向の強かったトミーは、海外が好調で1970年代後半から1980年代初めに黄金期を迎えていたが、1984年ごろから円高の進行による経営危機に。1986年に社長となった富山幹太郎のもとで、再建の道を模索する。

 おもちゃ大手3社はそれぞれ転換のときを迎えようとしていた。

 タカラが1984年に株式を店頭公開(1986年に東証二部、1991年に東証一部)、バンダイが1986年に東証二部上場(1988年に東証一部)、トミーは遅れて1997年に株式を店頭公開(1999年に東証二部、2000年に東証一部)している。業界再編の前触れは、『ファミコン』が引き金になったと言っても過言ではない。

プラモデル編から読む

※佐藤辰男著『エンタメ(IP)100年史 創業者のエウレカ、継承者の転換』(KADOKAWA Game Linkage発行/KADOKAWA発売)より一部抜粋して再構成。

【プロフィール】
佐藤辰男(さとう・たつお)/1952年静岡県生まれ。1976年に日本トイズサービス入社。おもちゃの業界新聞『週刊玩具通信』の記者を経たのち、角川歴彦に企画を認められたことがきっかけとなり、1983年に雑誌『コンプティーク』を創刊する。1986年に『コンプティーク』が好調のなか、角川書店の100%子会社として設立された角川メディア・オフィスの取締役に就任。1992年に同社を退社後、メディアワークスを立ち上げ、さまざまな雑誌・レーベルの創刊に携わる。1995年に同社の社長に就任。以降、角川グループホールディングス代表取締役社長、KADOKAWA・DWANGO(カドカワ)代表取締役社長などを務めた。著書に『怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話』(KADOKAWA)などがある。

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