*15:53JST 新たなオイルパワー(1)【中国問題グローバル研究所】
◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信している(※1)フレイザー・ハウイーの考察を2回に渡ってお届けする。
※この論考は7月31日の< The New Oil Power>(※2)の翻訳です。
覆せぬ敗北
2か月前、本コラムは「敗北」というタイトルの論考を掲載した。米国がイランに敗北したこと、そしてその原因は勇敢な軍人たちではなくトランプのリーダーシップにあったことは、トランプ本人以外の誰の目にも明らかだった。イランは戦場での対決で米国に勝利したわけではないが(イランにそのような力はない)、2か月に及ぶ爆撃にもかかわらず米国は目的達成に失敗した。イランの指導部は権力の座を維持しただけでなく、米国に制裁措置を解除させ、ホルムズ海峡の支配および国際水路だった同海峡の閉鎖を通じてその地位の向上にも成功した。
米国敗北の状況は今も変わりなく、トランプはいまだにこの状況を理解していない。米国とイランの戦争は断続的な停戦を繰り返しながら何週間も泥沼の状態が続いており、状況的には何ら変化がみられない。ネットニュースサイト「The Bulwark」のアンドリュー・エッガーによれば、トランプは仕切り直しという無限ループの中で身動きが取れなくなっており、「米国がイランに徹底爆撃をすれば、彼らは我々が望むものを差し出すだろう」「米国が爆撃を止めれば、彼らは我々が望むものを差し出すだろう」と一貫性を欠く発言をしている。
だが、米国の敗北は文字どおり日増しに悪化している。イランはほぼ毎日のように安価なドローンやミサイルで攻撃を行い、米国は高価で数に限りがあるパトリオット迎撃ミサイルを使わざるを得なくなっている。イランのために米国は自国および同盟国の防衛に必要な武器備蓄を使い果たしつつある。イランはイエメンのフーシ派に働きかけて紅海へのアクセスの封鎖およびさらに北部の海岸沿いのターゲットへの攻撃を進めており、この戦争はすでに湾岸地域の多くの国々を巻き込んでいる。湾岸地域の国々にとっては、自国や原油の世界的供給の保護を目的として置かれていた米軍基地はイランに対する抑止力としてほとんど機能しておらず、むしろリスクとなっていることが明らかになっている。
紛争勃発時に1バレル当たり100ドル超に急騰した原油基準価格は、その後下落して現在は1バレル当たり約90ドルとなり、この戦争が世界に及ぼした直接的な経済的損害に関して偽りの安心感を与えている。詳しく報じられていないが、クラックスプレッドは2月後半から1バレル当たり約40ドル上昇している。クラックスプレッドとは、原油と原油1バレルから生み出される石油製品(ガソリンやディーゼル油など)の価格差を意味するものだ。このスプレッドから考えると、消費者および企業の経済的コストは単純な原油価格上昇をはるかに上回ることになる。これはウクライナによるロシア施設攻撃を原因としたロシアの精製能力低下のみならず、ホルムズ海峡封鎖を原因としてオフライン化した湾岸地域の精製能力低下も反映している。
要するに、米国にとってこの戦争は戦略的大失敗であった。それ以外の解釈は愚か者のすることだ。この敗北が今後数十年にわたりどのような事態を招くのかは、今なお見通せない大きな疑問である。米国の失敗の重大さは言い表せないほど大きい。ここ数日あるいは数週間を振り返っても驚くような出来事が起こっている。トランプの惨憺たる経営実績や巨額の破産を繰り返してきた経歴を知る者なら彼が有能でないことは分かっていただろうが、そのトランプによる最悪の暴挙を止めなかった側近たちも同罪である。例えばマルコ・ルビオ国務長官は、トランプがはまり込んでいる混乱を十分理解していたが、トランプが米国を破滅に導いていても保身のために付き従っていた。
新たな展望
この戦争と米国の敗北がもたらす連鎖的影響を予想することは不可能だ。少なくとも戦争はまだ続いているため、好意的に解釈すれば結論を出すのはまだ早いと言えるかもしれない。それも一理あるが、一部ではすでに深刻な損害が出ており、たとえ米軍が何らの形で勝利を収めたとしても――明確な目的なき戦争で何を勝利と呼ぶにせよ――その損害は回復されない。
この戦争がもたらした良い点の1つは、化石燃料から再生可能エネルギー資源への転換の必要性を明らかにしたことかもしれない。欧州の記録的猛暑およびそれに伴う火事をみれば、人為的な気候変動の影響は明らかである。だが太陽光・風力・原子力発電の導入・普及が進んでも、アジアをはじめとする世界は今後数十年間にわたり原油およびガスに依存し続けるという現実は変わらないだろう。そのため湾岸地域の動向は今後も注視する必要がある。
また注視が必要な理由として、米国がもはや自軍を駐留させているさまざまな国々の平和を維持することも守ることもできないという新たな現実がある。米国が湾岸地域に駐留させている軍隊を大幅に削減する可能性は非現実的な話ではない。そうした軍事的縮小が平和的解決につながる可能性は低い。なぜなら、湾岸地域は概して脆弱で世襲制が大半を占める国々で構成されており、宗教的・民族的相違により対立するさまざまな武装グループが存在しているからだ。
この戦争で力を手にしたのが、もっとも好戦的な国であるイランだ。トランプが引き起こした戦争に勝利したテヘランのイスラム政権は誰にとっても称賛すべき相手ではない。イランは暴力的かつ腐敗した国で、恐怖政治で国民の大半を支配し、政権に反抗的な国民の処刑も一切ためらわないことをたびたび示している。民族的にはペルシャ系でイスラム教シーア派が大半を占めるイランは、アラブ系スンニ派から成る近隣の湾岸諸国と大きく異なっている。湾岸地域における米国のプレゼンスは長きにわたり、サウジアラビアなどの諸国が脅威とみなすイランへの防壁とされてきたが、その安全保障の程度が露呈してしまった。その米国に代わって湾岸地域の支配的地位に躍り出たのがイランだ。このイスラム共和国が権力を掌握し続ける限り、ホルムズ海峡が自由で開かれた航行ルートに戻ることはないだろう。イランの地位向上により、サウジアラビアを含む湾岸諸国は同海峡経由の原油輸出に関してイランと個別交渉をする必要が出てくるだろう。同海峡経由での原油輸出は再開されるだろうが、イラン指導部が海峡を通過する非イラン船舶に対して何らかの通行料または税金を課すことは確実と思われるため、基準価格は実質的に上昇するとみられる。世界貿易の要である公海の自由航行に数百年にわたり尽力してきた米国が、皮肉にも今回の海峡封鎖を招いた。他国もイランの動きに追随する形で近隣の公海航行に関税を課す可能性がある。
「新たなオイルパワー(2)【中国問題グローバル研究所】」に続く。
混乱状態のホルムズ海峡(写真:ロイター/アフロ)
(※1)https://grici.or.jp/
(※2)https://grici.or.jp/7464
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