「少数精鋭で仕事するということを覚えないと日本人は滅びるんじゃないですか」──ユニクロを運営するファーストリテイリング・柳井正会長兼社長(75)の発言が波紋を呼んでいる。日本を代表する起業家は、ニッポンの会社員たちが“復活”するための処方箋をどのように考えるのか。楽天グループ・三木谷浩史社長にジャーナリスト・大西康之氏がインタビューした。【前後編の後編。前編から読む】
──柳井さんは「海外から知的労働に従事する移民をもっと迎え入れ、日本人と一緒になって研究開発をするなどして、日本の知的労働のレベルを上げていくべきだ」と提言しましたが、前澤さんは「薄めるのではなく、日本は日本人らしさを活かして連帯してもっともっと濃い国になっていくべきかと思いました」と言っています。楽天は外国人エンジニアを大量に雇用していますね。お昼時に楽天の本社がある東京・二子玉川を歩くと、インド人など様々な国の人で溢れています。
「携帯電話の楽天モバイルと(通信プラットフォーム事業を世界で展開する)楽天シンフォニーを合わせて7000人が従事していますが、エンジニアの約90%は外国籍の人たちです。主な開発拠点は(インドのシリコンバレーと呼ばれる)べンガルールにありますが、日本で働いている人も少なくありません。
携帯電話市場に参入する前からの持論ですが、日本人だけのチームでは『世界選抜』と言える米国のメジャーリーグには勝てないと考えています。ドジャースの大谷翔平選手や、東北楽天ゴールデンイーグルスからパドレスに行った松井裕樹投手のように、日本人も力のある選手はMLBに所属しています。日本人だけの企業というのは社会人野球のチームのようなもの。そこが大谷選手を擁するドジャースに勝てますか? という話です。
私が2010年に『楽天の社内公用語を英語にする』と言った時、多くの人が『それは無理だ』『必要ない』と言いました。今、楽天モバイルを中心に数千人の外国人エンジニアが集まっているのは、社内で英語が使えるからです。人数が多いだけでなく、『GAFAM(注:グーグル、アマゾン、フェイスブック・現メタ、アップル、マイクロソフトの巨大IT企業5社の頭文字をとって付けられた造語)』の人材供給源とも言われるIIT(インド工科大学)の卒業生をここ数年採用しており、直近では約200人を採用しました。
優秀な彼らがなぜ、楽天モバイルに来るかと言うと、『携帯電話ネットワークの完全仮想化』という、世界の携帯電話会社がどこもやっていない新しい技術に挑戦しているからです。彼ら彼女らは『世界初』に挑む機会を求めています。『あの会社に行けば面白い仕事ができる』と思われる企業が増えれば、世界中の優れた頭脳が日本企業に集まるはず。新経連も政府に対して『移民の受け入れをタブー視しない正面からの移民政策の議論と実施』を提言しています」(三木谷氏・以下同)
個人と法人の税率を下げるべき
──しかし、柳井さんが「世界から見ると“年収200万円台の国”」と表現したように、現実には賃金の安さや税金の高さから「日本で働きたい」という外国人は少なくなっているようです。
「OECDによると、日本の個人所得への最高税率は55%で、シンガポールの22%、インドの30%よりはるかに高く、米国(最も高い州で連邦と合わせて50.3%)、英国(45%)より高い。法人所得への課税も日本は29.74%。シンガポールは17%で、米国は連邦が21%。州でみるとまちまちですが、税金の高いカリフォルニア州から安いテキサス州へ企業や人材が流れています。
歴史を振り返っても、税金の高い国は必ず衰退するという原則がある。私の周りでも、相続などを考えて生活拠点をシンガポールに移す人が少なくない。税率引き下げは投資の呼び水となり経済成長を促します。個人、法人の税率を上げていけば、日本の衰退はますます加速するでしょう」
──日本の衰退は地方に行くとよく分かります。人手不足で病院が閉鎖され、近所のガソリンスタンドが閉鎖し隣町まで走らないと給油できなくなったり。生活を維持できない状況が生まれつつあります。
「楽天は『インターネットの力で地域を元気にする』ことを目標にして生まれた会社です。楽天市場には地方の店舗さんが何万も出店しており、ふるさと納税制度との併用により多少なりとも地域経済の活性化に貢献していると自負しています。
ところが今年の6月、総務省が突然『自治体が、ふるさと納税でポイントを付与するサイトを通じて寄付を募ることを2025年10月から禁止する』と発表しました。ご存知のように楽天市場で買い物をすると、楽天ポイントが付与されます。利用者さんは大変ガッカリされており、すでに220万件近い反対署名が集まった。
『ふるさと納税』の制度は、自治体間の競争を通じて地域経済を活性化する優れた仕組みで、年間の受け入れ件数が5000万件、受け入れ額も1兆円を超えるほど国民に支持されています。楽天ポイントの財源は100%楽天が負担しているので、国にとやかく言われる筋合いはありません。
小さな自治体が自助努力で財源を確保しようとし、一般の方が応援したり、地元に恩返しする仕組みをなぜ潰しにかかるのか。日本にはまだ戦える競争力の源泉がある。それを解き放つ改革をしなくてはいけないのに、こんなことをしていたら、地域経済がますます疲弊し、日本の衰退が進んでしまうと思います」
■前編記事:【独占インタビュー】楽天・三木谷浩史社長が柳井正氏の「日本人は滅びる」論争に応えた 「日本に元気がないのは事実」「日本だけ『早く帰れ』では勝負にならない」
【聞き手】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。ジャーナリスト。1988年早大法卒、日本経済新聞社入社。日経新聞編集委員などを経て2016年に独立。著書に『起業の天才! 江副浩正8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)、『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』(小学館)など。
※週刊ポスト2024年9月20・27日号