群れるのは弱者の智恵
ヤクザ自身は組織を家族、または互助団体に似た存在、組合のようなものと説明します。最初はそうであったのですが、このご時世でぬけぬけとそういう現役は、都合良く配下を洗脳したいだけです。組員と呼ばれる構成員は確かに社員ではありません。それぞれが個人事業主で、各々表看板となる商売を持った人間たちが、任侠道の実践のために寄り集まったというわけです。
この説明の通りなら、やはり、なるほど職業ではありません。実際、力道山を抱き込み、プロレス興行に食い込んだ東声会という暴力団は、その後、名称変更して『東亜事業組合』(現東亜会。非指定団体)を名乗りました。ヤクザの理念を込めたのでしょう。
弱いから組織を作ったともいえます。群れるのは弱者の智恵です。イワシのような小魚も大群を形成します。今となってはなかなか理解されませんが、ヤクザは社会的弱者が寄り集まった集団なのです。いわれなき差別に苦しめられた被差別部落出身者や在日朝鮮・韓国人が多かったのはまさにそのためで、差別と貧困が両親です。
誰であれ霞を食っては生きられません。生活費を稼がねばならない。差別に直面した人たちは、かつてなかなかまっとうな仕事に就けませんでした。行き詰まった人間たちが現状を打破しようと爆発し、経済的成功を手にするためヤクザとなった一面は確かに存在しました。少子化の進む日本が大々的に移民政策をとるなら、未来のヤクザは移民たちの二世、三世から生まれるでしょう。
環境は子供に強い影響を与えます。周囲にヤクザがいれば、将来、ヤクザになる子供たちが育ちます。今でもヤクザの力が強いのは、かつて根深い同和問題があった地域です。指定暴力団が西日本に集中し、分布数が西高東低となったのもそのためです。
私はまだ二十五年しかヤクザの実態を追いかけていませんが、取材を振り返っても、ヤクザが社会の下層から根を生やしていると実感できます。
『実話時代BULL』には、毎月、最低でも一人、現役ヤクザのインタビュー・特写グラビアが載りました。親分インタビューでは定型的な質問のひとつとして、必ず趣味を訊きました。酒、女、麻雀、競輪、競馬、ボートレース、車やバイク、パワー・ボートにジェット・スキー、錦鯉や骨董の蒐集なども多かった。芸術を趣味にしたヤクザもいます。書画を描いたり、篆刻を彫ったり、写真を撮ったり……山口組と並ぶ神戸発の広域団体だった本多会は、のち大日本平和会となり解散しましたが、有力団体である至誠会の竹形剛は、作務衣を着てろくろを回し、陶芸展を開催しました。
しかし、1000人の親分に訊いても、カラオケで演歌を熱唱するのが好きな人はごまんといたのに、クラシック音楽のレコードを鑑賞したり、コンサートやオペラを観に行ったり、ピアノや楽器演奏を趣味とした人はひとりもいなかった。わずかひとりもです。クラシックの素地がなければ、カラヤンが指揮するベルリン・フィルハーモニーの演奏だって喫茶店のBGMにしかならない。自分で人生を選んだつもりでも、育った環境がヤクザの決定を操っている。金を掴んだヤクザの子供からは、世界的な芸術家も生まれています。ヤクザが、貧困の連鎖を断ち切る手段となった証明です。
抗争で暴力性を喧伝し、格付けを手にしたヤクザはどうやって稼ぐのか。任侠道や我慢、自己犠牲といった美学の裏側に何があるのか。彼らの本性を突き止めれば、ヤクザが職業なのか、生き方なのかもはっきりするでしょう。
【プロフィール】
鈴木智彦(すずき・ともひこ)/1966年、北海道生まれ。日本大学藝術学部写真学科除籍。雑誌・広告カメラマンを経て、ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めたのち、フリーに。現在は週刊誌や実話誌を中心に暴力団関連記事を寄稿する。著書に『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館)など多数。溝口敦氏との共著に『教養としてのヤクザ』(小学館新書)などがある。8月22日19時から、マネーポストWEB「プレミアム会員限定」ライブ動画配信『《司忍組長の内部資料も公開》ヤクザとマネー~最強組織・山口組のビジネスモデル~』に登場予定。