ジャーナリストの溝口敦氏(左)とフリーライターの鈴木智彦氏
2015年8月の山口組分裂抗争の勃発からちょうど10年。今年4月には抗争の「終結宣言」が出されたが、そうして暴力団が絡んだ抗争事件や経済事件などがよく報じられる一方、そもそも彼らがどのように稼いで生活しているのかという情報は少ない。長年暴力団取材を行ってきたノンフィクション作家の溝口敦氏、フリーライターの鈴木智彦氏が「職業としてのヤクザ」について語り合うなかで、「働かないで食うという、そこに彼らは価値を見出しているわけだよね」と溝口氏が水を向け、鈴木氏がそれに応じていく。(溝口敦/鈴木智彦・著『職業としてのヤクザ』より一部抜粋・再構成。肩書きは2021年4月の出版当時のもの)
働くヤクザは低く見られる
鈴木:しかしその結果、暇であればあるほど、優秀なヤクザであるという価値観が定着しています。だからヤクザは、働かないで生きていくことに、強烈なプライドを持っています。
溝口:そうとも言える。というのは、現在の六代目山口組で、若頭の高山清司がまだ懲役に行く前に(恐喝罪で二〇一四~一九年まで収監)、神戸の山口組総本部に平日は午前十時から夕方五時まで詰めていた。このときに、他のそれ以外の直参(山口組の二次団体組長)たちも揃って神戸に宿泊所を設けて、本部に、用があろうとなかろうと詰めていました。
直参たちはそれぞれ自分の組を持っていて、それは全国に散らばっている。本部詰めは、実際には無駄なことなんだけども、これができないと、直参ではないとされた。要するに、自分のシノギ(資金源獲得の手段)は自分の腹心に任せて、よりよい左うちわができなければ、直参の資格がないという考え方です。
鈴木:直参の組長自身がいろいろ指示したり、現場に行ったりしないと稼げないようではダメだということですね。
溝口:もちろん中には、「神戸に詰めていたらシノギができない、どうしてくれるんだ」という声もあったんですけど、その声を大っぴらに出すことはできなかった。
鈴木:あくせく働くこと自体がヤクザとして低く見られてしまう。地下足袋を履く、と彼らは言いますが、汗水流して肉体労働するのを良しとしない。
溝口:だから、警察庁の調査でも、ヤクザのピラミッドで一番末端にいるのが、単純労働依存型ヤクザです。その上に親依存型とか、さらにその上に女依存型とかがあるぐらいで、労働依存型ヤクザというのは、例えば昔だったら、沖仲仕をやりながら、あるいは炭鉱労働をしながらヤクザになる。これは労働依存型で、ヤクザ社会の中では低く見られる。
鈴木:私が『サカナとヤクザ』という本で密漁に関わるヤクザを取り上げた際、溝口さんは「海に潜ってナマコを獲るヤクザがいるなんて、それだけヤクザは困窮化しているのか」と驚いてましたよね。
溝口:そうですね。彼らの誇りとは、「腰に手ぬぐいぶら下げて肉体労働してない」ということ。だから、密漁ならまだしも、労働力だけがものを言う農業なんかには絶対に手を出さない。彼らが栽培するのは大麻ぐらい(笑)。
鈴木:密漁もナマコなど高級海産物だからこそやる価値がある。