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島崎晋「投資の日本史」

【豊臣兄弟!】秀吉・秀長「立身出世」の裏側にあった一家の周到な生き残り策 戦場で落命しやすい足軽からの下剋上【危機管理の日本史】

秀吉の天下取りは弟・秀長の支えあってこそだった(写真:イメージマート)

秀吉の天下取りは弟・秀長の支えあってこそだった(写真:イメージマート)

 2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主人公、仲野太賀が演じる豊臣秀長とは一体どんな人物だったのか。池松壮亮が演じる兄・秀吉の天下取りを支えた「補佐役」と言われるが、2人とも同時に身分の低い足軽からスタートし、下剋上を果たしている。近著『危機管理の日本史』で、日本史上に残る危機管理策の失敗例として秀吉の「朝鮮出兵」を取り上げた歴史作家の島崎晋氏が、兄弟の出世物語に欠かせない“リスクマネジメント”の側面に光を当てる。

 * * *
 知名度の高さに反比例して、前半生のことがよくわからない。明智光秀や山本勘助もそうだが、豊臣秀吉・秀長兄弟もまさしくその典型で、現在の愛知県名古屋市に生まれ、姉と妹が各1人いたことを除けば、それ以外はすべて曖昧模糊としている。

 どれくらいの身分の家だったのか、実の父親は誰だったのか。天下人にまでなった人物の人生の出発点からして神秘のベールに包まれているのだから、その弟の秀長についてはなおさらである。だが、見方を変えれば、今年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、視聴者をいかに引き寄せ、年間を通して視聴を続けてもらうか、脚本家の腕の見せ所でもある。

秀長は豊臣家「栄達の立役者」だった

『豊臣兄弟!』については、いろいろな方がいろいろな媒体ですでに発信をしているので、ここでは重複を避ける意味からも、一家の「危機管理」という視点から語ってみたい。

 誰もがよく知る豊臣秀吉の立身出世の物語には、兄弟の「危機管理の賜物」とも受け取れるエピソードが随所に散りばめられている。反対に、秀長亡き後の秀吉の言動には、明らかな失政や首を傾げたくなる人事、判断が目立つ。

 例えば天下統一を成し遂げながら、1591年(天正19年)に秀長が亡くなった途端、片腕と頼む千利休を切腹させている。拙著『危機管理の日本史』でも取り上げたように、明の征服を目指して朝鮮出兵(1592〜1598年)を強行したのは、天下人としてあまりに無謀な試みだった。1595年(文禄4年)には自身の甥である秀次を自害に追い込むなど、晩年の秀吉の言動は明らかに変調をきたしている。

 こうして並べると、秀長の抜けた穴がいかに大きなものであったか痛感させられる。今年の大河ドラマは、秀吉の栄達の立役者・秀長の働きを具体的に描くことこそがメインテーマとなるだろう。

次のページ:秀吉「10代の出奔」は一家の危機管理策だった?

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