永守重信氏の経営哲学は『挑戦への道』にまとめられていた(時事通信フォト)
京都のプレハブ小屋からスタートしたモーター会社のニデックを一代で売上高2兆円企業に成長させた創業者・永守重信氏(81)。カリスマ経営者として半世紀にわたり手腕を振るったこの男が名誉会長を辞任した。会計不正問題に揺れる同社が急成長し「永守帝国」となった結果、どんな歪みが生じていたのか。ジャーナリストの竹中明洋氏がレポートする。【第2回】
「1番以外はビリ」とハードワークを推奨
日本電産は1973年の創業からわずか15年で売上高が1000億円を超えた。パソコンの普及とともにハードディスク用小型モーターの需要が急拡大する波をうまく捉えたのだ。その後も「モーターは産業のコメになる」「『回るもの、動くもの』すべてに日本電産のモーター」を掛け声に事業の拡大を続け、06年に売上高5000億円、2014年には目標としてきた1兆円を突破。驚異的な急成長を遂げて世界最大のモーターメーカーとなった。
その成長を後押ししたのが、積極的なM&Aだ。創業から11年後に米国のファンメーカーを買収したことを皮切りに、著書『永守流 経営とお金の原則』で、〈これまでのM&Aの成果を勝ち負けでいうなら「67勝0敗」である。つまりすべて成功、失敗はゼロだ〉と豪語するほど。マスコミも「M&A巧者」「買収王」などと持ち上げた。
永守氏に言わせると、M&Aは「成長のために時間を買う戦略」(前掲書)。だが、そのなかには社内で「ババを引いた」とされるものも少なくない。ドイツの車載用ポンプメーカーのGPMは、買収後、数年もしないうちに製品の不具合により顧客である欧州の自動車メーカー各社から巨額の損害賠償を求められる事態となった。
【プロフィール】
竹中明洋(たけなか・あきひろ)/1973年、山口県生まれ。NHK記者、衆議院議員秘書、「週刊文春」記者などを経てフリージャーナリストに。著書に『殺しの柳川 日韓戦後秘史』、『決別 総連と民団の相克77年』(ともに小学館)などがある。
※週刊ポスト2026年4月3日号
