「白衣を着ていたので信頼できる人だと思った」
YouTube動画で学び直しをするのは、会社員に限った話ではない。関東在住の主婦・Bさん(60代)は、定年後の夫婦生活に備えて「教養系」「健康系」の動画を見るようになった。
「老後に向けて勉強し直したいと思って、歴史や栄養学の動画をよく見ていました。テレビより詳しいし、コメント欄でも『勉強になりました』と書かれているので安心していたんです」(Bさん)
ところが、動画で紹介されていたある健康法を家族に勧めたところ、医療職の息子から「それは科学的根拠が弱い」と強く注意された。
「私としては、ちゃんと勉強しているつもりだったんです。でも息子に『その人は医師なの? 論文はあるの?』と聞かれて、何も確認していなかったことに気づきました。動画の話し方が落ち着いていて、白衣を着ていたので、信頼できる人だと思い込んでいました」
Bさんは現在、YouTubeを見る際には、肩書き、出典、他の専門家の見解を確認するようにしているという。
“何を言っているか”だけでなく“どのように信じさせているか”
こうした現象について、情報学を専門とする大学教員のC教授(50代)は、「動画メディア特有の説得力には、注意が必要です」と指摘する。
「YouTube動画では、内容そのものだけでなく、話し方、表情、BGM、テロップ、編集テンポ、サムネイルなど、複数の情報様式が同時に働きます。情報学では、こうした文字・音声・映像・身体表現などの組み合わせを分析する視点として、モダリティ分析やマルチモーダル分析という考え方があります。ポイントは、“何を言っているか”だけでなく、“どのように信じさせているか”を見ることです」(Cさん)
たとえば、専門用語を多用する、グラフを一瞬だけ表示する、権威ある大学や研究機関の名前を出す、落ち着いた声で断定的に語る……といった演出は、視聴者に「信頼できそうだ」という印象を与える「モダリティの罠」だという。
「もちろん、YouTubeには優れた教育コンテンツも多くあります。ただし、視聴者側が“わかりやすい=正しい”、“再生回数が多い=信頼できる”と受け取るのは危険です。特にリスキリング文脈では、不安を煽って高額講座や投資、資格商法に誘導する動画もあることを知っておく必要があるでしょう」(同前)
Cさんは、最低限の確認ポイントとして、発信者の専門性、根拠資料の有無、異なる立場の情報との照合、極端な断定表現の多さを見るべきだと話す。YouTubeの誤情報研究でも、動画の文字起こしや文脈を分析して真偽判定を試みる研究が進んでおり、動画プラットフォーム上の誤情報は、日本だけでなく世界的にも重要な課題となっている。
無料で、短時間で、わかりやすく学べるYouTubeは、社会人の学び直しにとって大きな味方であることは間違いない。しかし、学び直しとは本来、情報を浴びることではなく、情報を選び、疑い、照合する力を身につけることでもある。リスキリングブームのなかで問われているのは、新しい知識だけでなく、「何を信じるか」を見極める力なのかもしれない。