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戦争で息を吹き返す、「犠牲者を前提とした資本主義」にどう抗うか 小説家が伝統工芸に託したものとは

伝統工芸を金融資本主義にぶつけてみる

 ガラガラポンとは、コンフリクト(衝突・摩擦)を作り出すことで新しい秩序・価値・富を生み出す運動である。対立があり、衝突がある。そしてすさまじいクラッシュのあと、新しいステージがリセットされる。このような発展方法は弁証法と呼ばれる。ドイツの哲学者ヘーゲルはこのプロセスを繰り返せば、人類は理想に到達できると説いた。

 だけど、コンフリクトが必要と言っても、核を開発してしまった人類はもはや戦争を起こすわけにはいかない。だからもう戦争は起きない。だから資本主義はもう終わる──と言われていたが、戦争は起きた。そして、コロナ禍の頃から、世界のエスタブリッシュメントは、「グレートリセット」だの「ニューオーダー」だのと口にし始め、ロシアのウクライナ侵攻後はこれに倣う人々が増えている。

 しかし、コンフリクトの先に新しい市場が生まれるとしても、コンフリクトによって犠牲者は確実に出る。現在、アメリカの軍需産業は儲かっていて、金融屋も儲かっている。しかし、ウクライナでは多くの人が死に、幼い子供まで巻き添えになっている。そして背後には、不吉な経済の弁証法がちらついてならない。

 ヘーゲルの弁証法を批判的に発展させて、戦争でなく革命というガラガラポンで新しい社会を実現させようとしたのがマルクスである。しかし、マルクスが唱えた社会主義は実現しなかった。

 同じ社会主義でも、マルクスの盟友エンゲルスから空想的社会主義という小馬鹿にされた名称で呼ばれた一派がある。彼らは、ガラガラポンなしに、貧者も富者もいない、搾取のない幸福な社会を作ろうとした。

 また、このような社会主義に呼応するかのように、イギリスのウィリアム・モリスは、産業の発展ではなく、工芸や美術によって生をより人間らしく美しく彩ろうと唱え、社会改革に着手した。後年、日本にはもっと庶民的に展開した民芸(民藝)の運動があった。

 コロナ禍の中で書いた僕の小説『マネーの魔術師 ハッカー黒木の告白』は、伝統工芸を金融資本主義にぶつけて弁証法を試みようという目論見だった。金融は、いってみればお金でお金を買う経済活動である。金融市場にはお金しかない。そして、おそらくこのお金(通貨)もまた近々リセットされるのだろうが、コロナ禍でいちだんと金融緩和が勢いづいた現在、お金の価値は下がっている。逆に、希少価値のあるモノの価値が上がっている。その一例が、作中でも取り上げたスイスの高級時計だ。

 巨大でダイナミックな金融資本主義に対する抵抗としてはささやかすぎるかもしれないが、そこには人間がいる。人間の労働の美しさがある。僕はそこにまなざしを注ぎ続けたい。
 
【プロフィール】
榎本憲男(えのもと・のりお)/1959年和歌山県生まれ。映画会社に勤務後、2010年退社。2011年『見えないほどの遠くの空を』で小説家デビュー。2015年『エアー2・0』を発表し、注目を集める。2018年異色の警察小説『巡査長 真行寺弘道』を刊行。シリーズ化されて、「ブルーロータス」「ワルキューレ」「エージェント」「インフォデミック」と続く。『DASPA 吉良大介』シリーズも注目を集めている。近刊に真行寺シリーズのスピンオフ作品『マネーの魔術師 ハッカー黒木の告白』があるほか、『相棒はJK』シリーズ2冊目の『テロリストにも愛を』が5月13日に発売される。

  

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