暴力団取材のエキスパートとして知られるフリーライター・鈴木智彦氏
2015年8月の山口組分裂抗争の勃発からちょうど10年。今年4月には抗争の「終結宣言」が出されたが、そうして暴力団が絡んだ抗争事件や経済事件などがよく報じられる一方、そもそも彼らがどのように稼いで生活しているのかという情報は少ない。長年暴力団取材を行ってきたノンフィクション作家の溝口敦氏、フリーライターの鈴木智彦氏が「職業としてのヤクザ」について語り合った。(溝口敦/鈴木智彦・著『職業としてのヤクザ』より一部抜粋・再構成)
一番の価値は暇であること
溝口:いきなりタイトルを否定するようですが、そもそもヤクザは職業なのかといえば、職業ではない。なぜなら、ヤクザは無職だからです。例えば、作家・佐藤春夫の弟子筋にあたる井出英雅という作家が、『無職渡世』という本を一九六二年に出しています。昔からヤクザは無職って決まってるんです。
鈴木:『無職渡世』は上萬一家(現在の指定暴力団・松葉会傘下)四代目格だった志村九内の生涯を聞き書きした本で、貴重なノンフィクションです。格というのは志村が頑なに跡目を固辞したからでした。巻末には「註・言葉の説明」があって、その冒頭で「渡世・無職渡世」は〈やくざの収入は賭博のテラ銭以外にないはずである。賭博は法律が許していない。テラ銭も同様である。では、法律上無職である。しかし世渡りはしている。で、無職渡世といった。世をはばかった意である。音をぶしょくとするのは、威勢をふくませた〉と解説されています。それで口を糊していても、御法度の商売だから無職だという日陰者意識です。
溝口:元来、「稼業」という言葉は、テキ屋の言葉です。ここで基本的な説明をしておくと、警察は暴力団を大きく三つに分類しています。博徒系、テキ屋系、愚連隊(青少年暴力団)系で、博奕打ちである博徒系と、屋台を出してものを売るテキ屋系では、言葉の使い方が違います。
鈴木:もはやごちゃごちゃに使われていますが、『無職渡世』を書いた井出もまた博徒が稼業という言葉を使うのはあり得ない、そういった現役ヤクザもいるが誤りだと断言している。無職渡世のような自卑表現を使うのは、世間様のお目こぼしで生きているのだから、世をはばからねばならないという美意識です。自分たちの正業である博奕を「イタズラ」と軽く呼ぶのも同じで、さらに卑下して「盆の垢をなめる」などと言う。盆は博奕場の意ですが、おそらく梵からきていると思います。昔から、博奕は寺で行われていました。勝った側から徴収する手数料を「テラ銭」と言うし、賭博場の開催を「開帳」と言います。元来は秘仏を公開することです。
溝口:稼業に対応する言葉として、博徒が使うのは渡世という言葉。
鈴木:無職でいながら世渡りをしているということですが、本心をいえばそこに彼らの矜持がある。表面上、自分たちの位置を「ヤクザは乞食の下で盗人の上」と言いながら、金筋と呼ばれる本格的な博徒は、自分たちは犯罪者ではあっても悪人ではない、真っ当に働いてはいないが、卑ではないと自負している。
溝口:つまり「無職渡世」とは、働かないで生きていくというニュアンスです。
鈴木:自らを「遊び人」と言うのは、卑下でもありますが、まさにそうした哲学を表している。博徒の起源においては、博徒は裏稼業で日陰者だから、世間的には無職ということにしていたはずなんです。それが時代を経るにつれ、暴力団というのは働かないで食うものだ、顔で食うのが暴力団なんだと変化していったのではないでしょうか。
溝口:働かないで食うという、そこに彼らは価値を見出しているわけだよね。世間の労働者と違い、俺たちは額に汗して働かない、そのことに彼らは価値を見出している。ヤクザの一番の価値というのは、暇である、ということだと思うんです。
鈴木:働く必要がないのは、それまでにたくさんの修羅場をくぐってきた証明だからですよね。さんざんやることはやってきた。その結果、名前で食えるまでになったということ。
溝口:例えば、三代目山口組の若頭(ナンバーツー)だった山本健一の奥さんの山本秀子がこないだ亡くなったけども、彼女に会ったとき言っていたのが、「結婚してみると、ともかくヤマケン(山本健一の愛称)がいつもぶらぶら、ぶらぶらしている。そのことに私はびっくりした」と。要するに、いつも暇してるわけです。
鈴木:普通の人が見たらびっくりしますよね。昼間から雀荘で麻雀をして、夜は飲みに出て、何もしていない。でもそれがヤクザの価値なんです。
溝口:そう。暇しているから、突然の喧嘩だとか博奕場の揉め事だとか、そういう急な出動要請に応えられる。まぁ、はっきりいえば、生活方針や生き方みたいな小難しい話ではなく、「わしはプラプラしていたいんだ」と、そういう怠け者が職業になったということでしょう(笑)。
【プロフィール】
溝口敦(みぞぐち・あつし)/1942年東京都生まれ。早稲田大学政経学部卒業。ノンフィクション作家。『食肉の帝王』で2004年に講談社ノンフィクション賞を受賞。主な著書に『暴力団』『山口組三国志 織田絆誠という男』など。
鈴木智彦(すずき・ともひこ)/1966年、北海道生まれ。日本大学藝術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めたのち、フリーに。著書に『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館)などがある。8月22日19時から、マネーポストWEB「プレミアム会員限定」ライブ動画配信『《司忍組長の内部資料も公開》ヤクザとマネー~最強組織・山口組のビジネスモデル~』に登場予定。