痛みが慢性化すると、身体的・心理的な影響から行動が変化して社会生活に支障をきたす
日本人の2000万人以上が罹患する「慢性疼痛」は、働き盛りのデスクワーカーに多いとされている。なかなか治らない痛みの原因は、痛みそのものよりも痛みに辛さや苦しさによるところが大きいという──。シリーズ「医心伝身プラス 名医からのアドバイス」、痛みセンターで慢性疼痛の専門医として日々多くの患者と向き合い、苦しみに耳を傾ける愛知医科大学病院・牛田享宏副院長が解説する。【慢性疼痛のメカニズム・前編】
痛みは人間にとって必要不可欠
人間は、生きていくなかで何らかの痛みを体験します。「走っていて転んだ」「カップ麺の熱湯がこぼれて手にかかった」「ストレスで胃が痛くなった」といったように、日常生活には痛みを感じる瞬間がたくさんあります。痛みとは本来、危険なものや事象から身体を守る行動をとらせるために必要な仕組み、いわば「安全装置」です。
しかし、なかには遺伝子の変異によって痛みのセンサーとなる神経の一部が機能せず、痛みをまったく感じない人たちがいます。骨折しても病気になっても痛みを感じないため、屋根から飛び降りるといった無茶なことをして早死にしてしまったり、逆に「ケガをしてはいけない」「病気になってはいけない」と過度に心配して慎重に暮らすあまり、うつ状態になってしまったりすることもあります。痛みは人間にとって、なくてはならないものなのです。
慢性疼痛の迷路から抜け出すことは容易ではない
一方で、痛みが慢性化すると話は変わります。身体的な原因に加え、心理的な影響から行動が変化し、さらには社会生活にも支障をきたすなど、複雑な問題を抱えるようになります。
たとえば、「動かすと痛い」という経験から、動くことに不安や恐怖を感じて安静にしすぎるとします。すると、筋肉を使わないので凝り固まり、関節が固まる「関節拘縮(こうしゅく)」が起こります。こうなると少し動かすだけでも余計に痛むため、さらに動かなくなり、周辺の筋肉が萎縮したり、痛い部分をかばう動作が日常化して別の部位にひどい痛みが出たりします。高齢者であれば、フレイル(加齢により心身の活力が低下した状態)が進み、全身の機能が落ちてくることもあります。
このような「痛みの悪循環」に陥ると、痛みに対する不安も相まって不眠になり、次第に抑うつ的になります。結果として、薬に依存してしまったり、救いを求めて何人もの医師を回る「ドクターショッピング」を繰り返したりする方も出てきます。慢性疼痛の迷路に迷い込むと、そこから抜け出すことは容易ではないのです。
