長期にわたる慢性疼痛には、心理的・社会的な因子が関係しているとされる(イメージ)
人知れず「慢性疼痛」を抱えているビジネスパーソンは少なくない。その要因としては、心理的抑圧と自律神経の乱れが関係しているとされる。また、慢性疼痛の患者の多くは、幼少期から学童期、思春期を経て現在に至るまで多くの「逆境体験」を重ねている点も指摘されている──。シリーズ「医心伝身プラス 名医からのアドバイス」、心療内科の専門医として痛みに悩む患者の支援に取り組み、慢性疼痛の心身医学的研究を続けてきた九州大学病院集学的痛みセンター・細井昌子特任准教授が解説する。【慢性疼痛発症のメカニズム・前編】
数値化された客観的評価で心身の疲弊を可視化する
長期間続く痛みを抱え、複数の医療機関を受診しても改善しない「難治性慢性疼痛」に苦しむ方は少なくありません。私の所属する九州大学病院心療内科には、疼痛治療を長年実践してきたことから、全国の医療機関より紹介された患者さんが大勢来院されます。なかには10か所以上の医療機関を経て辿り着く方も数多くいらっしゃいます。
近年、疼痛研究の進展により、3か月以上持続する慢性疼痛には「心理社会的因子」が深く関わっていることがわかってきました。当科では最新の知見に基づき、まず公認心理師による詳細な面接を行ないます。痛みの性質だけでなく、幼少期から現在に至る生活環境やストレスについても深く聴き取ります。
医師はこれらの情報に加え、身体診察や心理評価を行ない、触診や血液検査などのほか、必要に応じて自律神経機能や疼痛閾値(とうつういきち)を測定する客観的評価を実施します。慢性疼痛の難治例では、過酷な環境を自己犠牲的に耐え抜こうとする傾向が強く、自律神経のバランスが著しく乱れていることが多いため、自律神経機能や疼痛閾値の数値で、異常の程度を可視化することで患者自身の心身の疲弊を客観的に認識してもらうためです。
慢性疼痛の患者に共通する「逆境体験」
数多くの臨床経験から、慢性疼痛の難治例の患者さんには共通の身体的・心理的特性があることがわかってきました。それは、幼少期から学童期、思春期を経て現在に至るまで多くの「逆境体験」を重ねている点です。
身体的、心理的、性的な虐待やネグレクト、経済的困窮などの厳しい環境で育つと、他者との信頼関係の構築が困難になります。信頼できる他者と感情を共有する場がなく、自分の思いを抑え込んだまま育つことで、自分の感情を認識できない「失感情症(アレキシサイミア)」や、体の感覚が分からなくなる「失体感症(アレキシソミア)」、あるいは、苦しい状況を乗り切るために強迫性や過活動、過剰適応といった独特の認知・行動様式を形成することが多くなります。
大規模調査で判明した「親の育て方」と「慢性疼痛」の関係
こうした背景を裏付ける興味深い研究として、福岡県久山町の40歳以上の住民を対象とした疫学調査(久山町研究)があります。この調査では、「幼少期にどのような養育を受けたという認識を持っているか」と「慢性的な痛みの有症率」にどのような関わりがあるかが詳しく検討されました。
具体的には、16歳までの両親の養育スタイルについて、2つの指標で回答を得ています。ひとつは、子供のありのままの感情や存在を認め、理解を示してくれたかという「ケア」の側面。もうひとつは、子供に自己決定を許さず、親の言いなりにさせようとする支配的な態度があったかという「干渉」の側面です。
その結果、「ケアが少なく、過干渉が多い」という、いわゆる「愛情のない支配型」の環境で育ったと認識している人は、理想的とされる「ケアが多く、過干渉が少ない」環境で育った人と比較して、父親からの養育体験で2.2倍、母親からの養育体験では1.6倍も「6か月以上続く慢性疼痛」の有症率が増大していたのです。
3か月以上続く慢性疼痛には「心理社会的因子」が関係している

