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大河ドラマ『光る君へ』主人公・紫式部の生き方 没落した名家の娘で晩婚、夫に先立たれた後はシングルマザーとして働きに出る

三田佳子は1991年のドラマ『源氏物語 上の巻・下の巻』(TBS系)に出演

三田佳子は1991年のドラマ『源氏物語 上の巻・下の巻』(TBS系)に出演

夫に先立たれシングルマザーに

 宣孝と結婚後、1女をもうけるも、夫の急死というさらなる災難が待っていた。しかしこれこそが紫式部の人生を変える。

 時の権力者である藤原道長の娘で、一条天皇の中宮である彰子に女房として宮仕えするようになったのだ。

 夫に先立たれたシングルマザーが働きに出る──現代からすると苦労の絶えない気の毒な身の上に思えるが、平安時代の宮廷にはそうした女性たちが働きやすい環境が整っていたと繁田さんは話す。

「当時は平均寿命が短く、夫が先に死ぬことがよくあったし、一夫多妻制度は不安定で離婚も多かった。理由は何であれ、再びシングルになった女性がお勤めに出ることは一般的で、ほぼ同時代を生きた清少納言も離婚後に宮仕えを始めました。そうした“お勤め”の中でふたたび結婚相手を見つける女性も少なくなかったようです。

 また、当時の子育ては女性の実家で乳母が行うため、子供を持つ女性がバリバリ働く労働環境も整っていたんです」(繁田さん)

 自らの置かれた境遇に嘆くだけでは状況は何も変わらない。一家の担い手として働かなければ──そうした自立心こそが、宮廷という女性社会で働く紫式部の心を奮い立たせたのかもしれない。

 事実、紫式部はただ生活の糧を得るためだけに働いたのではなかった。宮仕えの開始と前後して、紫式部が始めたのが『源氏物語』の執筆だ。和歌と散文を用い、大胆な展開と緻密な内面描写を組み合わせた物語は日本文学史上に残る名作となったが、当時の紫式部の置かれた境遇から、「傷心のあまり物語作りに没頭した」との声も聞かれる。

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