大前研一 「ビジネス新大陸」の歩き方

賃上げを強調する岸田首相の姑息なレトリック 「所得」と「賃上げ」を使い分けて国民を欺こうとしているのか

ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める大前研一氏

ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める大前研一氏

日本の賃金が上がらない根本的な原因

 そもそも労働分配率(企業が生み出した付加価値に占める人件費の割合)は大企業と中小企業で全く違う。大企業は6割ほどだから賃上げの余力があるだろうが、中小企業は8割近いので売価を上げない限り賃上げすることはできないと思う。つまり「物価上昇を上回る賃上げ」をしたら、倒産する中小企業が続出するのだ。

 したがって本来、政府がやるべきことは優先的地位にある大企業が下請け業者や出入りの部品納入業者などの中小企業にしわ寄せをしている現状の打破である。

 日本の賃金が上がらない根本的な原因はそこにあるので、中小企業が値上げ交渉をしたら大企業が受け入れるように政府が指導すべきなのだ。そういう現実を無視して「物価上昇を上回る賃上げを必ず定着させる」と言い切る岸田首相の無知蒙昧さは理解不能である。

 現実と乖離したことを堂々と言い放って省みることをしない岸田首相の発言は、ほかにもたくさんある。

 たとえば「異次元の少子化対策」や「子ども・子育て支援金の実質負担ゼロ」。前者は、児童手当の所得制限を完全撤廃して「中学生まで」となっている給付対象を「高校生まで」に広げたり、出産費用に保険適用を導入したりするものだが、その程度で少子化に歯止めがかかるとは思えない。

 後者は、当初1人あたり月平均450円とされた負担額が年収によっては1000円を超える場合もあることがわかり、国民全体の負担率を根拠にした「実質負担ゼロ」との説明は、もはや詭弁と言ってよい。

 さらに「新しい資本主義」や「任期中の憲法改正」も今や実現は至難の業である。

 低迷している内閣支持率を挽回するために、首相自らがその場しのぎの答弁を弄して、平気でウソをつく――そんな茶番劇が罷り通っている今の日本はまさに危機的と言わざるを得ない。

【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『日本の論点2024~2025』(プレジデント社)など著書多数。

※週刊ポスト2024年5月31日号

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