ステーブルコインは普及するか(香港。Getty Images)
中国株の第一人者・田代尚機氏によるプレミアム連載「チャイナ・レポート」。米中のステーブルコインについての取り組みについて解説する。
香港「ステーブルコイン条例」の中身
ドル覇権を巡る攻防は今後、暗号資産の分野にも広がりそうだ──。香港の議会に相当する特別行政区立法会は5月21日、「ステーブルコイン条例」を可決、30日に成立した。特別行政区政府は同日、官報を通じてその内容を公開している(施行は8月1日)。ステーブルコインとは、法定通貨、金など、価格の安定した資産によって担保された暗号資産の一種だが、今回の条例は香港ドル、米ドルなど法定通貨に紐づけされたステーブルコインを対象とした法律だ。
監督管理の主体は香港金融管理局で、発行機関は当局から認可を受ける必要がある(ライセンス制)。香港に登録のある機関(香港に実体のある子会社などを持つ本土企業を含む)に限られ、最低資本金は「2500万香港ドル(4億6500万円、1香港ドル=18.6円)、ステーブルコイン流通額面の1%のいずれか高い方」である(申請条件)。発行して得た資金はその100%を準備資産として分別管理しなければならず、運用資産は流動性の高い資産に限られ、その市場価値は発行されたステーブルコインの市場価値を下回ってはならない(兌換保証のための義務付け)。
そのほか、既にステーブルコインを発行している機関に対する移行措置、業界全体のマネーロンダリング、発行機関のリスク管理に関する内部統制、広告などに関する規制が示されている。
2008年にサトシ・ナカモトが暗号資産に必要不可欠となるブロックチェーン技術を発明、2010年代に入るとビットコインを中心とした暗号資産が投機目的で広く売買されるようになった。暗号資産は株、金などの金融資産と違い、価格評価の基準とすべきものが見当たらない。不安定な需要が激しい価格変動を引き起こしやすく、決済目的としての利用には不向きである。こうした欠点を補うために、ステーブルコインが誕生した。
米ドルに紐づけされたステーブルコインでは米国債がその準備資産として重要な部分を占める。トランプ政権からの積極的な支持もあり、米ドル・ステーブルコインは急速に発行量を増やしている。ちなみに、トランプファミリーは4月、米ドル・ステーブルコインを発行している。
米国で遅れるステーブルコインの法整備
ARK Investの「Big Ideas 2025」によれば、2024年におけるステーブルコイン全体の1か月当たりの取引件数は1億1000万回であり、Visaの0.41%、MasterCardの0.72%に過ぎないものの、その取引額は15兆6000億ドルで、Visaの119%、MasterCardの200%に達している。京東集団の朱太輝・高級研究総監は5月25日に行われた中国財富管理50人フォーラムでの講演において「2025年5月現在、世界全体のステーブルコイン残高は2500億ドルを超えており、この内、米ドル・ステーブルコインが95%を占める」などと発言している。
6月5日にはシェア2位のステーブルコイン「USDC」を発行するCircleがニューヨーク証券取引所に上場、24日の終値は223.16ドルで引けている。前日比では15%下げているが、IPO価格比では7.2倍、初値比では3.2倍と急騰しており、同社株への市場の期待は大きい。
ステーブルコインは急速に発行量を増やす一方で、米国の法整備は遅れている。ステーブルコインの発行・流通などを包括的に規制するGENIUS法案(連邦法案)が6月17日、ようやく上院を通過した段階だ。今後、下院に送られ採決を待ち、トランプ大統領の署名を得て初めて成立する。
ステーブルコインはクロスボーダー取引において、短時間、安いコストで決済を行うことができる。ドル以外と紐づけされたステーブルコインがSWIFTネットワークから外れて拡大すれば、ドル覇権を切り崩せる可能性がある。また、発行したステーブルコインが広く世界に流通することになれば、発行国の金融市場は厚みを増し、国際金融市場としての魅力は高まる。
一方、ステーブルコインを普及させるためには、ユーザーから安全性に対する高い信頼を得る必要があり、そのためには法律によって精緻な規制を作る必要がある。香港が政府としては世界で初めて法制度を整備したことの意義は大きい。