ジャーナリストの溝口敦氏(左)とフリーライターの鈴木智彦氏
暴力団が絡む抗争事件や経済事件などはよく報じられるが、そもそも彼らはどのように稼いで生活しているのか。長年暴力団取材を行ってきたノンフィクション作家の溝口敦氏、フリーライターの鈴木智彦氏が「職業としてのヤクザ」について対談した。そのなかで、「正業」を持っているケースも多かったとの言及がなされている。(溝口敦/鈴木智彦・著『職業としてのヤクザ』より一部抜粋・再構成。肩書きは2021年4月の出版当時のもの)【前後編の後編。前編から読む】
二枚の名刺を持っていた
鈴木:昔はよく、「○○組組長」と書かれたヤクザとしての名刺と、「●●社社長」という経営者としての名刺を持っていて、初対面では「どっちが欲しい?」と聞かれました。どっちももらいます(笑)。
溝口:そこは関西と関東との考え方の違いもあって、山口組に代表される関西系のほうが、伝統的に正業を持つという考え方は強いように思う。
象徴的なのが山口組と関西を二分する組織だった本多会で、本多仁介という組長は、(三代目山口組組長の)田岡(一雄)と同時代人で同じ港湾荷役をやっていたが、田岡と違って彼はヤクザではなく実業のほうを選ぶわけです。そして本多会は解散し、大日本平和会という右翼組織に変わる。当時はヤクザとしてどうかと言われたが、今となって考えてみれば、先見の明があったのは田岡より本多でしょう。
鈴木:まさか正しく稼ぎ、税金を払う行為が禁止されるとは思っていなかったでしょう。確かに、今やその正業自体が禁止されているわけですから。
溝口:そのとおり、今はヤクザの正業は認められてないんです。奥さんの名義にしたって許されない。たとえば新しくビルを買って、テナントからの賃貸料でやっていくなんていうことすら許されない。
鈴木:そういえば今、九州・工藤会の野村悟総裁が数々の事件で起訴され、死刑を求刑されています。裁判で「職業は?」と聞かれて、駐車場を持ってるから、「駐車場の管理、経営をしています」と言ったそうです。普通は「無職」と言うはずなんですよね。それはヤクザが無職渡世であるということより、暴排条例(暴力団排除条例)で実質、正業を持つことができなくなったから、正業を申告できない。
溝口:そういう事情もあるでしょう。
鈴木:ヤクザが逮捕されると、だいたい「住所不定無職」と報道されるのはそういうわけです。ちなみに住所不定なのは、事務所に住民票を置いていたり、あるいはマンションを借りていても別の人の名義だったりして、住民票の住所にいないことが多いからでしょう。
暴力団の正業が禁止されたのは、二〇一〇年以降に全国で暴排条例が施行されてからですよね。
溝口:暴対法(暴力団対策法)が施行された九二年ごろは、まだ正業を営んでいましたからね。ところが注意すべきは、正業禁止に対して、暴力団側はほとんど抵抗していないことです。大問題にもかかわらず、それを問題視しなかった。
鈴木:暴対法が施行される際に裁判闘争を行い、全く主張が認められなかったからかもしれません。不思議ですよね。
溝口:山口組は、一度は暴対法は違憲であると裁判で争うんだけども、そのうちに阪神大震災が起こって、「こういう時期だから、もう裁判で争うのはやめよう」と五代目組長の渡辺芳則が下ろしてしまった。こうして、正業禁止という警察の方針に暴力団も従ってしまうことになった。
鈴木:権力に従ったほうがあとあと得だという判断だったんでしょうね。やっぱり国家には負けるという判断が、案外暴力団にはある。
■前編記事から読む:暴力団取材の専門家が語り合う“ヤクザと税金”のリアル 「組長クラスは税金を払っている人が多い」、一方で「懲役を税金と考えていた」側面も
【プロフィール】
溝口敦(みぞぐち・あつし)/1942年東京都生まれ。早稲田大学政経学部卒業。ノンフィクション作家。『食肉の帝王』で2004年に講談社ノンフィクション賞を受賞。主な著書に『暴力団』『山口組三国志 織田絆誠という男』など。
鈴木智彦(すずき・ともひこ)/1966年、北海道生まれ。日本大学藝術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めたのち、フリーに。著書に『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館)などがある。8月22日19時から、マネーポストWEB「プレミアム会員限定」ライブ動画配信『《司忍組長の内部資料も公開》ヤクザとマネー~最強組織・山口組のビジネスモデル~』に登場予定。