「世間体」を基準にした幸福感が分断を生む
私は、日本人の幸福感が「世間体」を基準にしていることに原因があると考えます。つまり、経済力や社会的地位といった表面的な比較からしか幸福を導くことができないのです。
しかし、本当の幸せとは自分の内面が満たされていることであり、他人が簡単に測れるものではないはずです。そもそも「自分にとっての幸福とは何か」を人生の中で深く考えたことがある人が、どれほどいるでしょうか。
「世間並み」であれば幸福だと信じ込んできた人も多いのではないでしょうか。心が満たされていれば、他人を僻む必要はありません。裏を返せば、自らの幸福感を見出せないからこそ、僻みが生まれてしまうのだと思います。
日本では、突然お金が入った人々を容赦なくバッシングする風潮があります。2011年の東日本大震災の被災者で災害弔慰金を得た家族が嫌がらせをされたり、保険金を受け取った事故の遺族が誹謗中傷されるといった賠償金バッシングは、被災者・被害者を苦しめ続けてきました。
彼らは失った命や大切な財産と引きかえに金銭を受け取っているのです。しかしバッシングを怖れて、権利を放棄したり不本意ながらも受け取った額を寄付してしまった人々もいました。
世間の同調圧力は、個人の幸福を否定しており、強制的に共同体に奉仕させようとします。
本当はお金のあるなしで幸福感は測れませんから、お金持ちイコール幸せとは限りません。しかし、妬みや嫉みから生まれる同調圧力は、人々の間に分断を生み出してしまうのです。