テーブル間隔が狭いレストランは嫌われる
だが、その目論見は結果として失敗に終わった。「狭くて慌ただしい体験」を提供し続け、客は離れていったわけだ。ここで、もう一つの重要な研究結果を参照したい。顧客心理の側面から座席間隔を調査したデータだ。
2011年のS. Robsonらによる研究『Consumers’ Responses to Table Spacing in Restaurants(レストランのテーブル間隔に対する消費者の反応)』は、次のように結論づけている。
「1000人以上のアメリカ人を対象とした調査で、レストランのテーブル間隔が狭いことは一般的に嫌われており、食事のサイクルを短縮する可能性があるにもかかわらず、顧客の再来店率に影響を与えることがわかった。(中略)回答者は、ほとんどの状況において、特に『ロマンチック』な文脈において、狭い間隔で配置されたテーブルに強く反対した。(中略)また、女性は男性に比べて、狭い場所での不快感が著しく高かった」
かつてのモデルは、短期的には効率が良かったかもしれないが、長期的には「もう行きたくない」という心理を客に植え付けていた可能性がある。今回の神田の新店舗は、決して悪くない。特に女性客にとっては、以前のような心理的障壁がなくなり、格段に入りやすくなったのではないか。
50席を38席にするという決断は、過去の成功体験である「詰め込みモデル」との決別を意味する。オーブンという機械の導入で調理時間を短縮し、注文や会計をデジタル化することで、スタッフの動きを無駄なくする。そうやって生み出した時間的な余裕を、客席の空間的な余裕へと還元しているのだ。
創業者のポスターを外し、ガラス張りの明るい店内で、ゆったりと肉を味わう。そこには、かつての熱狂的なブームの熱気はないかもしれない。しかし、地に足をつけ、顧客に快適さを提供し、その対価として適正な利益を得ようとする、極めてまっとうで、筋肉質なビジネスの姿がある。
席数を減らすという行為は、一見すると撤退戦のように見えるかもしれない。だが、数字と論理で読み解けば、それは「見せかけの満席」よりも「実質的な満足と利益」を選んだ、勇気ある前進であることがわかる。外食産業が直面する人手不足や原材料高騰という荒波を乗り越えるための、一つの解がここにある。
「いきなり!ステーキ」のこの大勝負、吉と出るか凶と出るか。それは、我々消費者が、この新しい「ゆとり」にどれだけの価値を見出すかにかかっている。
【プロフィール】
小倉健一(おぐら・けんいち)/イトモス研究所所長。1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立して現職。