相手が「質問」しやすい余地を作るには?(イメージ)
リーダーからチームのメンバーに説明された新しい方針。しかしメンバーの納得が得られない。一方、同じ内容を説明しても、部下がすっと理解し、納得感を持たれるリーダーもいる。その違いはどこにあるのだろうか。東京大学大学院で認知科学を研究し、駿台予備学校で3000人を動員する超人気講師となった犬塚壮志氏は、説明がうまい人の意識には、ある決定的な違いがあると指摘する。犬塚氏の著書『「説明」がうまい人がいつも頭においていること』から一部抜粋・再構成して、その具体例を紹介する。
あなたの説明は、「演説」になっていませんか?
あなたは、こんな光景を目にしたことがないでしょうか。
リーダーがチームメンバーを集め、新しい方針について説明しています。彼は手元の資料に目を落とし、一言一句、よどみなく言葉を紡いでいきます。彼の頭の中は、「Aを伝え、次にBを伝え、最後にCで締める」というシナリオでいっぱいです。
【説明がうまくない人】
「……というわけで、来期からはこの新方針で進めていくことになりました。異論はないですね? では、各自この方針に則って、具体的なアクションプランを提出するように。以上です」
部下たち
「(心の声)……一方的だな……」
「(心の声)いくつか疑問点があるけど、なんだか質問しづらい雰囲気だ……」
「(心の声)結局、僕らの意見は関係ないんだな……」
このリーダーは、自らの役割を「決定事項を、抜け漏れなく、最後まで伝えきること」だと考えています。一方通行であったとしても、すべてを話し終えた時点で説明は「成功」なのです。しかし、聞き手である部下たちの頭の中には、納得感のない言葉の羅列と、解消されない疑問だけが残ります。
では、説明がうまいリーダーは、同じ場面でどう振る舞うでしょうか。
【説明がうまい人】
リーダー「……というのが、来期からの方針の骨子になります。ここまでで、何かわかりにくい点や、もっと詳しく聞いたほうがよさそうな部分はありましたか?」
部下A「すみません、方針Bについてですが、具体的に我々のチームの業務とはどう関わってくるのでしょうか?」
リーダー「いい質問ですね。そこが一番気になるところですよね。実は……」
いかがでしょうか。このリーダーは、自分の話を途中で止め、意図的に聞き手からの「質問」を引き出しています。
この違いは、どこから生まれるのでしょうか。
それは、説明がうまくない人が説明を「演説」だと考えているのに対し、説明がうまい人は「対話」だと考えている、という決定的な意識の差にあります。
