独自の経営哲学をもっていた永守重信氏(時事通信フォト)
京都のプレハブ小屋からスタートしたモーター会社のニデックを一代で売上高2兆円企業に成長させた創業者・永守重信氏(81)。カリスマ経営者として半世紀にわたり手腕を振るったこの男が名誉会長を辞任した。会計不正問題に揺れる同社の創業時から、「永守帝国」が築かれたのか。ジャーナリストの竹中明洋氏がレポートする。【第1回】
「経営の責任に自ら終止符を打ちます」
「私は今、50年におよぶ経営の責任に自ら終止符を打ちます」
2月26日、ニデック名誉会長の永守重信氏はそう記したメッセージを公表して会社を去った。ニデックの会計不正を調査していた第三者委員会が、「今般発覚した会計不正について最も責めを負うべきなのは、永守氏と言わざるを得ない」と結論づけた調査報告書を提出したのは、その翌日のことである。
これを受けて創業当時から永守氏に番頭として仕えた小部博志会長や北尾宜久副社長らも辞任。ついぞ会計不正について自らの口で説明しないまま永守帝国は崩壊した。
4年前に日本電産(2023年に社名をニデックに変更)の幹部から永守氏による壮絶なまでのワンマン経営の実態を聞いて以来、関西や関東など各地で取材を重ねてきた私にとって拍子抜けするほど呆気ない幕切れだった。
永守氏が京都の桂川のほとりでモーター製造の日本電産を創業したのは1973年のことだ。京都市南区にある現在のニデック本社1階には創業当時に工場としたプレハブ小屋がそのまま移設されている。
9畳に満たない小屋の展示品のなかでも目を引くのが永守氏の生命保険証。金融機関から融資を受けるための担保として永守氏が加入した。
