英語が話せないのにアメリカへ留学した孫正義氏
日本を代表する企業家の一人であるソフトバンクグループの創業者・孫正義氏も、若い頃から圧倒的な行動力で知られています。学生時代から多くのビジネスに挑戦し、思いついたことはすぐに試したと話しています。実際にいくつかのエピソードを列挙すると以下のものがあります。
【1】英語が話せないのにアメリカへ留学
高校生のとき「世界で戦うならアメリカへ」と決めて渡米しました。英語がほぼ話せない状態から猛勉強し、短期間で大学進学まで進んだそうです。
【2】毎日一つ発明するルールをつくって形にして事業売却
大学時代に、「毎日一つ発明する」と決めてアイデアを量産し、結果250以上の発明アイデアをノートに書いたそうです。そのうちの一つであるポケットサイズの電子翻訳機を考案して日本企業に売り込み、約1億円で売却しました。
【3】体力のある若いうちに「1日16時間以上働く」
若いうちは体力があるため1日16〜18時間働くという生活をしていたそうです。とにかく「行動量」が圧倒的で、学生時代に人気だったゲーム機の輸入販売や、中古ゲームの販売などを行い、数百万ドル規模の利益を出したと言われています。
【4】大学卒業後すぐに日本ソフトバンク(当時)を設立
当時まだパソコン市場は小さかったのですが、「情報産業の時代が来る」と確信。10年で売上500億円にし、将来は世界企業にするという非常に大きな目標を掲げ、自身が無名の頃から大企業の社長や有名起業家に直接会って事業の話を持ち込みました。「若いから無理」という発想がなかったと言われています。
もちろんすべてが成功したわけではありませんし、失敗も数多く経験しています。
しかし、すべての経験の積み重ねが、大きなチャンスをつかむ力になりました。