真壁昭夫 行動経済学で読み解く金融市場の今

アルケゴス問題は氷山の一角か リーマン級の金融危機につながる懸念も

他の“隠れみの”が見つかるのも時間の問題か

 そこに目を付けたのが、リーマン・ショック後に大きな収益源を失っていたクレディ・スイスや野村といった大手の金融機関だった。あり余るファミリーオフィスの資産を使って利益を生み出そうと考えたのである。アルケゴスは、金融機関から資金を借り入れることで自己資金の5倍以上ともされるレバレッジをかけて大きな儲けを狙った。「デリバティブ(金融派生商品)取引」を使った商品を組成し、それを金融機関が仲介するスキームだ。どれだけ取引を重ねても市場では金融機関の名前で資金が動くため、表立って知られることは少ない。そのため二重の“隠れみの”となっていった。

 この商品は儲かった額の一部が金融機関の手数料として入ってくるため、儲からなければ金融機関の収入は得られない。儲かるまで止められない仕組みとなっていたことが、損失をどんどん膨らます要因につながった。

 米FRB(連邦準備制度理事会)は、2023年まで金融緩和を続ける方針を表明しており、今般の株高は「少なくともあと2年は終わるわけがない」との思い込みも膨らんでいた。そうした時代の趨勢が投資家の拠りどころになるのも無理はないが、これこそまさに、行動経済学における「慣性の法則」と言える。ただ、今後も今の状態が続くだろうという「慣性の法則」ばかりに捉われれば、判断を見誤ってしまう。いつまでも株価が上がり続けるわけはない。

 アルケゴスが大量に資金を投じていたとされるバイアコムCBSという米メディア株がある。同社の株は、3月22日に最高値の100ドル台をつけたが、同社が増資を発表したことで株式価値の希薄化が懸念され、投資判断の引き下げなどが相次いだ。その結果、同社株は5営業日で半値以下の45ドル台まで急落。「まだまだ上がるはず」と踏んで大量に保有していたアルケゴスの損失は膨らみ、追加の証拠金を差し出せない事態に陥ったことで、一部の金融機関がアルケゴスにデフォルト(債務不履行)を宣告したのだ。

 ざっとこれまでの経緯を並べてみたが、これだけを見ると、特定の金融機関が手を染めた限定的な問題に映るかもしれない。事実、その後の日米の株価の推移を見ると、米国株は過去最高値更新が続き、日経平均株価も堅調な値動きを見せている。

 しかし、問題はこの一件だけでは終わらないのではないか、というのが私の見方だ。当局の監視が及ばないファミリーオフィスを“隠れみの”にした大手金融機関の“錬金術”は、おそらくアルケゴスだけではないだろう。いずれ同じような問題が浮上してもおかしくないし、何より今回の一件によって、米国の金融当局がファミリーオフィスの規制に乗り出すのは必至の情勢だ。だとすれば、他の“隠れみの”があぶり出されるのも時間の問題ではないだろうか。

 そうなるとどうなるか。カネ余りを背景に資産価格の過熱感が高まると、やがて世界の金融システムに影響を及ぼすことは歴史が証明している。思い起こされるのが、2007年8月、仏大手金融機関BNPパリバ傘下の投資ファンドが販売していた証券化商品の価値が下落し、運用に行き詰まったことで市場がパニックに陥った「パリバ・ショック」だ。これが引き金となって、2008年9月15日のリーマン・ショックにつながっていった。

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