年間300体もの解剖を手掛ける法医解剖医・飯野守男氏
全国で150人しかいない法医解剖医。年間300体もの解剖を手掛ける鳥取大学医学部教授で法医解剖医、『法医学教授が教えている 死体の授業』の著者でもある飯野守男氏(55)は、日々“普通の死”ではない「異状死」の原因を解明すべく奔走する日々を送っている。死体に向き合うなかでは、「現代社会の変化」を感じることも多いという。【法医解剖医が見た「異状死」の現場・全4回の第4回】
高齢化社会を反映する「異状死」の増加
今年、来年あたりで多くの日本の大学の法医学教室の教授が定年退職を迎えます。次の世代がなかなか育っていないのに、上がいなくなるという問題があります。一方で、司法解剖の実施件数は平成20年から倍増しています。司法解剖が増えているのは、医師による診断がついた病死以外の「異状死」が増えているということに他なりません。
では、なぜ「異状死」が増えているのか。これは独居高齢者の増加に直結しています。本当に事件が絡んでいなくても、「異状死」は事件の可能性が否定できないとして法医解剖(司法解剖や調査法解剖)に回されます。
自然環境下で心停止した死体を放置した場合、まず失われるのは「ぬくもり」、すなわち体温です。心臓が停止すると体の温度は徐々に低下していきます。続いて死後硬直が発現し、関節が固くなってきます。そして死斑が現れます。死斑は重力によって血管内の血液が体の下側に沈んで、皮膚の色が赤紫色になってくる現象です。仰向けであれば背中側、うつ伏せであれば胸や腹に現れます。
その後、死後硬直は緩み、次に変化が起きるのは腐敗です。このとき、先に腐敗していくのは体の外側ではなく、内側の内臓です。真っ先に腐敗が進むのは、小腸や大腸などの消化管です。腸内細菌や体内の酵素によってガスが発生するため、体が内側から膨れ上がっていき、特有の臭気が発生します。
体内の腐敗と並行して、体表(皮膚)も緑色に変化していきます。鮮やかなエメラルドグリーンのような緑ではもちろんなく、皮膚が薄いところから黒ずんだ緑色を帯びてきて、やがて茶褐色に変わっていきます。最初に変色がみられるのは下腹部です。やせ型の人に比べると、皮下脂肪が厚い人は変化が見えにくいです。腐敗による変色は、細菌が多い箇所から順に進んでいきますから、手足などの末端が最後になります。
死体が置かれている状況によって、腐敗の進行度合いは変わりますが、室内で死亡した場合、日本の真夏であれば死後半日ほど、冬場は死後3日ほどで腐敗臭が漂うようになってきます。腐敗臭がどんな臭いなのかの説明が難しいのですが、人間も哺乳類ですから、動物性タンパク質が腐敗していく臭いが近いといえば近いかもしれません。
一方で、髪の毛はそのままの姿で残ります。頭皮の腐敗がはじまると接着しなくなるため、頭から抜け落ちはするのですが、髪の毛の変性のスピードは非常に遅いため、完全に分解されるまでに数十年かかることもあります。爪は剥がれ落ち、歯は抜けるものの、髪の毛同様に長く残ります。
そして最後の最後に残るのは骨と歯です。おもにカルシウム塩で構成されている骨や歯は、最も分解されにくい体のパーツです。戦時中の遺骨が今なお見つかるように、骨は長期にわたって形を保つことが可能です。
独居高齢者の増加で異状死も増加しているという(イメージ)
身元のわからない人も増えている
【著者プロフィール】
飯野守男(いいの・もりお)/鳥取大学医学部法医学分野教授、副学部長。1971年鳥取県米子市生まれ。鳥取大学医学部を卒業後、大阪大学大学院で博士号を取得。京都大学助教、大阪大学講師、ビクトリア法医学研究所(オーストラリア)客員研究員、慶應義塾大学准教授を経て、2015年に現職に就任。医学生向けの死体の講義(法医学の講義、実習)が人気を博している。鳥取県唯一の法医解剖医として、県内の死体検案・解剖を一手に引き受ける傍ら、死後CT診断の第一人者として、オートプシー・イメージング学会副理事長も務める。ドラマ監修やテレビ出演も複数。著書に『死因不明社会2 なぜAiが必要なのか』(講談社刊、海堂尊らと共著)など。単著は『法医学教授が教えている 死体の授業』(飛鳥新社)が初となる。

