USスチールを買収した後にも様々な課題が(左から橋本英二会長、森高弘副会長兼副社長/時事通信フォト)
日本製鉄によるUSスチールの買収がようやく決着した。バイデン、トランプと2代続けて大統領の反対を受けながらも、巨額の投資計画を示して約1年半に及ぶ買収劇を貫徹させた日鉄の橋本英二・会長兼CEO(69)。“鉄の交渉人”と呼ばれる男は、なぜ完全買収の意思を貫けたのか。昨年12月に橋本氏への独占インタビューを行なったノンフィクション作家・広野真嗣氏が、その“原点”にまで迫る。【全3回の第3回】
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今回買収したUSスチールと粗鋼生産量を合算すると、単純計算で中国宝武鋼鉄集団、アルセロール・ミタルに次いで、3位に迫る規模になる。橋本はさらにその先、世界一への復権を掲げる。
「USスチールは関税で高収益の企業になる」と主張し、日鉄による子会社化を認めない考えだったトランプも、日鉄が時間軸を明らかにした投資案を示すと、受け入れに転じた。
6月19日の会見で橋本は、トランプの判断について「悩まれたと思う」と慮ってみせる一方、世界の工業生産の3割を占める中国への対抗を念頭に、「日米の製造業連携というかたちが、日本が1つ、志向していくべきものだと思う」と胸を張った。
ただ、日本の国益にどうつながるかは今後、目を凝らす必要もある。日鉄が米国にこだわるのは、2050年のカーボンニュートラルを目指す戦略上、有利な面もある。
日鉄が保有する高炉は、酸化鉄である鉄鉱石とコークスを化学反応させることで高品質の鉄鋼を効率的につくりやすいが、大量の二酸化炭素(CO2)を排出する。このため鉄くず等を電気で溶かし再生する電炉に置き換える大転換の途上にある。
この点、USスチールは5基の電炉を保有するうえ、トランプ政権は原発増設や新技術導入に積極的だ。AI(人工知能)普及のため、莫大な電力需要が見込まれるためだが、当然、安定した低炭素電力を確保しやすい。巨額の投資プランを明確化した日鉄が、ビジネスの重心を環境が整う米国に移しやすくなったと見ることもできる。
橋本は会見で「海外で稼いだ資金を国内に還流させ研究開発に磨きをかけ、世界本社として日本を蘇らせる」と述べたが、成長と分配の好循環の実現は簡単ではない。母校の講演で橋本は、「田舎者であること」と誇らしげに話している。
「田舎に育つと、雨の日も風の日も、雪の日もあって、学校はものすごく遠い。小学1年、2年生の頃は泣きたくなるような遠いところでした。自然の中で育つと、どうしようもないことが多いけれど、打ち勝っていかなきゃいけないとなると、周りのせいにするより、自分がもう少し頑張んなきゃと発想する」
国内経済が縮小するどうしようもない状況から発想し、橋本は米国に向かった。買収計画は実ったが、成長の果実を得る挑戦が始まっている。
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【プロフィール】
広野真嗣(ひろの・しんじ)/ノンフィクション作家。神戸新聞記者、猪瀬直樹事務所スタッフを経て、フリーに。2017年、『消された信仰』(小学館文庫)で小学館ノンフィクション大賞受賞。2024年刊の『奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか』(講談社)が科学ジャーナリスト賞2025優秀賞を受賞、大宅壮一ノンフィクション賞最終候補作に。
(了)
※週刊ポスト2025年7月11日号