「テープが回ってない!」という緊急事態に“オバ記者”こと野原広子氏はどう対応したのか
ライターという仕事の楽しみは、いろいろな人に会ってさまざまな話を聞けること。ライター生活がまもなく半世紀にも及ばんとする女性セブンの名物ライター“オバ記者”こと野原広子氏が、自身の経験も踏まえて“人に話を聞くこと”の面白さについてつづる。
取材や撮影となると前日からワクワクそわそわ
人から聞いたことを書く、という仕事をして47年。よほど性に合っていたんだろうね。いまでも取材や撮影となると前日からワクワクそわそわ。ちょっとハイテンションで、それが楽しくて仕方ないのよ。
とはいえ、そこは仕事、楽しいだけじゃ済まされない。初対面のご挨拶をしつつ、名刺を差し出して、これから何を聞きたいかなど前口上を述べる。手足を動かすたびにカチンコチンと音がしそうな緊張タイムだ。「それのどこが楽しいの?」と言われそうだけど、うーむ、そうだなぁ。強いて言えば、ひとりの人の声、しぐさ、話すことに集中している状態が面白いんだね。
なんてことを思っていたら、目が覚めるような記事を見つけたの。日刊スポーツの村上幸将さんという記者が、寺尾聰さん(78才)を取材したときのものだ。
村上記者が、映画『父と僕の終わらない歌』で16年ぶりの映画主演を務めた寺尾さんと対面し、レコーダーを準備してインタビューを始めた直後。寺尾さんからいきなり、「えっ、録るの? よせよ。やめてくれる」と言われたんだって。村上さんが「コメント、間違えて書きたくないので」と抗弁すると、「俺は、間違えて(書かれても)いいから」と切り返されたという。
「俺の言葉を書き起こされると、つまんないんだよ。この役者が、こうだった、というのが反映されていない気がする。(中略)ほとんどが映画のチラシに書いてあることをまとめたような、つまんない原稿。だったら、チラシでいいじゃないか?」と。
村上さんが「じゃあ、原稿の1行目から『録音、やめろ』と言ったことを書きますよ」と返すと、寺尾さんはイスから身を乗り出して「それでいい」と言って、初めて笑顔を見せたそう。インタビュー開始からわずか29秒で録音を止めた後は、一定の緊張感を保ちつつ、取材は滞りなく進められたという。思うに、寺尾さんは“写真を撮るな、デッサンをしろ”と言ったのよね。正確とか、上手下手とかじゃない。印象に残った言葉をつかんで文章で絵を描けと。