脳が持つ痛みを抑制するシステム
近年、「痛み」に関する研究が進み、慢性疼痛は脳が深く関係していることがわかってきました。そもそも脳は、痛みを抑制するシステムを持っています。例えば、戦場の兵士は銃撃戦で弾が当たっても、その瞬間は痛みを感じません。銃撃戦の真っ最中に痛がっていたら死んでしまうので、どんな状況になっても生きることができるように、脳は本能的に銃弾が当たってもドーパミンを出して痛みを感じないようにするからです。
ドーパミンが分泌される場所は、大脳の奥深くにある尾状核や被殻からなる大脳基底核の外側を取り巻く大脳辺縁系にあります。大脳辺縁系は、情動や意欲、記憶や自律神経活動に関係していて、生命維持や本能行動、情動行動を担っています。痛みの刺激が加わると大量にドーパミンが分泌され、側坐核を刺激して「脳内麻薬」である大量のエンドルフィンが作られます。この脳内麻薬のお陰で痛みを感じないのです。
実は、痛みを抑制する場所には「報酬系」と呼ばれる箇所があります。ここは「心地よい」という快楽を感じる場所で、音楽や好きな香り、大好物、楽しいことなどがあると、報酬系が活発になり、同時に痛みが抑制されます。香を使うアロマテラピーはリラックスするだけなく痛みも緩和しますが、この作用のおかげなのです。ところが、強いストレスに晒されると、報酬系が作動しなくなるため、慢性疼痛を感じるようになると考えられています。
精神医学的な問題の有無を調べる方法
ちなみにですが、運動器(身体を支えて動かす骨、関節、筋肉、神経などの器官や組織)の障害以外のうつや不安といった精神医学的な要因が、どの程度慢性腰痛に関係しているかを短時間で調べる方法に、「整形外科患者に対する精神医学的問題評価のための簡易質問票」(BS-POP)があります。BS-POPは、患者が精神医学的な問題を抱えているかをスクリーニングするのに有効なだけでなく、治療に関する満足度を把握することもできます。
精神医学的な問題のスクリーニングに有効な「BS-POP」(患者用)
BS-POPは医師用と患者用の2つがあり、医師用は8項目の質問、患者用は10項目の質問で構成されています。評価基準は、医師用で最低8点から最高24点、患者用で最低10点から最高30点です。
病気の陽性・陰性の境界値である「カットオフ値」については、医師用を「11 点以上」とした場合は感度(陽性と判定する確率)64.3%,特異度(陰性と判定する確率)76.3%、患者用を「15点以上」とした場合は感度90.3%、特異度40%になります。このことから、「医師用で11点以上」かつ「患者用で15点以上」の症例では、何らかの精神医学的な問題がある可能性が高いと判定することができます。
「画像の所見で障害があっても、それが必ずしも『痛み』という症状に結びついていない」と語る紺野院長
【プロフィール】
紺野愼一(こんの・しんいち)/一般財団法人脳神経疾患研究所附属総合南東北病院院長。1984年自治医科大学医学部卒業後、2008年福島県立医科大学整形外科学講座主任教授兼附属病院整形外科部長に就任。2014年同大学附属病院病院長兼理事(医療・臨床教育担当)兼副学長を経て、2024年より現職。
■後編記事:慢性腰痛患者の「萎縮した脳」は治療でもとに戻すことができる 治療の第一選択肢は運動療法と認知行動療法の組み合わせ【専門医が解説】
取材・文/岩城レイ子