マーケティング局での学びを援用
――リクルート創業者の江副浩正さんは「企業はマーケティング」と言っていました。いくら正しいことをしていても、赤字では潰れてしまう。まずは利益を出すことだと。
伊藤:政治はまだまだ属人的で、イデオロギー対立もありますが、われわれは政策をマーケティングデータで決めているわけではなく、自分たちの政策がたくさんの人に届くよう、データも参考にしながら日々、試行錯誤しているということです。
私は、リクルートマーケティング局で、『ゼクシィ』や『SUUMO』のコミュニケーション・プランニングを担当していました。 まずはたくさんの人にブランドを「認知」してもらい、内容を「理解」していただいて、「好意」を持ったら、「アクション」に繋げていただく。その一連のコミュニケーション戦略を練るのが仕事でした。
認知、理解、好意、アクションとプロセスが進むにつれてだんだん数が減っていく“ファネル(漏斗)構造”における打ち手は、最初の「認知」の最大化に加え、「ブランドは知っているけれど、中身はよく分からない」「好意は持っているけれど、アクションはしない」などの「離脱」をどれだけ減らせるかが肝です。更には、CRM(Customer Relationship Management=顧客関係管理)によって「参加」や「拡散」を能動的に行うファンコミュニティをつくることが重要で、投票最大化のプロセスも、実はこれとまったく同じです。
「国民民主党? 聞いたことあるかも(認知)」
「現役世代の手取りを増やすって言ってる、玉木さんの党でしょ(理解)」
「現役世代は本当に苦しい、頑張って欲しいな(好意)」
「今回は国民民主党に一票入れてみるか(アクション)」
ただ一点違うのは、缶コーヒーを1本、『ゼクシィ』を1冊など、モノを買う場合は「おいしいorまずい」「役に立ったor立たなかった」という効果実感が早いので、再び購入するか否かの判断がすぐに出来ますが、選挙の場合はそうはいかない。自分が1票を投じた政党が「グッド」だったか「ノット・グッド」だったかの実感は得にくく、かといって政治の動向を常に追っていられるほど生活者は暇じゃありません。
加えて、政治の場合は「効果実感=政策実現」になりますが、当然、表で政策実現するのは政権与党であり、野党がどれだけ寄与したか? 影響を及ぼしたか? を可視化することは簡単ではないため、再度アクションしてもらうための導線をつくるのは容易ではないという現実があります。
しかし、政策はどこか1つの政党や政治家だけで成し得るものではありません。国会論戦の場に課題を持ち込んだ人がいて、それを粘り強く取り組み続けた人がいて、最後にゴールテープを切る人がいる。自分たちはそのどこを担ったか、とくに野党は、有権者に伝える努力を続けなければいけません。
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伊藤氏が政界に持ち込んだ“リクルート流”はどう受け止められているのか。そこには反発も少なくなかった──。【第3回へつづく】
【PROFILE】
伊藤孝惠/参議院議員(国民民主党)。1975年生まれ、名古屋市出身。参院国対委員長、コミュニケーション統括本部長、特命人事部長として、玉木雄一郎代表を支える。1998年、テレビ大阪入社。営業局を経て報道スポーツ局に配属。大阪府警記者クラブで事件事故を取材するかたわら、ドキュメンタリー番組を制作し、第1回TXNドキュメンタリー大賞受賞。2006年資生堂を経てリクルート入社。マーケティング局でマスメディアの買い付けや結婚情報誌等のCMを制作。2016年7月、同社在職育休中に公募から出馬、初当選。
大西康之/ジャーナリスト。1965年生まれ、愛知県出身。早稲田大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社。欧州総局(ロンドン)、編集委員、「日経ビジネス」編集委員などを経て2016年4月に独立。著書に『稲盛和夫 最後の戦い――JAL再生にかけた経営者人生』『会社が消えた日――三洋電機10万人のそれから』(いずれも日経BP)、『ロケット・ササキ――ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮社)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)、『起業の天才!――江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(新潮文庫)、『最後の海賊――楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』(小学館)など。最新刊は『修羅場の王――企業の死と再生を司る「倒産弁護士」142日の記録』(ダイヤモンド社)。