最後はチキンライスと決めている
締めだけでなくつまみとしてもオススメだ
軽く酔ってきて、気分はすっかりほぐれ、話題はいつしか、旅先で食べたあれこれのことになっていった。聞けばケンちゃんは、一昨年、秋田県に取材した折り、深夜営業の蕎麦屋に寄ったという。そこで食べたのが、おばけそばだというので、ピンときた。私もその店を知っている。
秋田随一の繁華街である川反のはずれで、夜になると店を開け、朝まで営業している蕎麦屋がある。さんざん飲んで騒いだ後でまだ飲みたりない人や小腹の減った人が、深夜流れてくる店だ。その店では、油揚げ、揚げ玉、玉子の入った、キツネ&タヌキ&月見そばが、ちょっとした名物になっている。私が秋田の川反へ毎冬のように出かけていたのは、15年ほど前のことだが、その頃、何度かこの蕎麦屋へ出かけた。地元の人たちは、このスペシャルな蕎麦を「ばけそば」と呼んでいた。
食の細い私にとって深夜の「ばけそば」は注文するのに若干の勇気を必要としたが、極寒の秋田の深夜、頬にしみる風を受けながら蕎麦屋にたどり着いてみると、連れ立って行った仲間と声を揃えて「ばけそば」を注文しているのだった。
ケンちゃんは、あの、謎めいた蕎麦を知っていた。私はそれが嬉しく、懐かしく思い出すうちに、もうひとつ、思い出した。
「ばばへらは知っている?」
「何ですかそれ」
「夏になるとね、街道にパラソルを立てて、アイスクリーム売りが出るんだよ。なぜか、おばあさんばかりでね。ばあさんがヘラでシャーベットをカップに盛り付けてくれるので、ばばへら、って言うの」
「それは知らないですね。でもおいしそうじゃないですか」
そうなのだ。あれは、うまいものだった。真夏の秋田を旅したとき、市内から県南部の象潟までドライブをしたことがある。地元のバーテンダーが車を出してくれて、私は前夜の深酒が響いてぐったりしていたのだが、道端で買ったばばへらはたいへんおいしく、炎天下の秋田で一気に元気を取り戻したのだった。
私は渋谷でやきとりを食べながら、チューハイをさらに2杯、3杯とお代わりしている間に、酷暑と極寒の秋田の、忘れられないおいしさを思い出していた。ふと見るとケンちゃんが、締めのチキンライスを前に、にんまりしていた。
「最後はこれと、決めているんです」
さすがだね。私も少し分けてもらうと、なるほど、ケチャップもほどよく、かなりイケル。今度来たときは、締めと言わず、昼飲みの前半にこの一品を挟んでみるのも悪くないと思った。再開発が続く渋谷だが、私と同い年のこの店は、味も形も変わらずに残っていってほしいと、改めて思った。
客を魅了する「たれ」は創業当時から継ぎ足し続けている(「鳥竹総本店」東京都渋谷区道玄坂1-6-1)
【プロフィール】
大竹聡(おおたけ・さとし)/1963年東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒。出版社、広告会社、編集プロダクション勤務などを経てフリーライターに。酒好きに絶大な人気を誇った伝説のミニコミ誌「酒とつまみ」創刊編集長。『中央線で行く 東京横断ホッピーマラソン』『下町酒場ぶらりぶらり』『愛と追憶のレモンサワー』『五〇年酒場へ行こう』など著書多数。「週刊ポスト」の人気連載「酒でも呑むか」をまとめた『ずぶ六の四季』や、最新刊『酒場とコロナ』が好評発売中。

