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キャリア
「自己紹介」はなぜ面倒くさくなったのか

就活でパターン化した自己紹介を“若者の劣化”と片付けてよいのか? SNSのアカウントごとに自分を使い分ける時代の“自己紹介の面倒くささ”

パターン化された「自己紹介」を生み出す社会

 20年前、私は毎日のように「自己紹介」を読んでいた、聞いていた。ある大手企業で採用担当者をしていたからである。ちょうど就職氷河期があけたころで、売り手市場化していたのだが、就活は過熱していた。就活マニュアル本で、みんなの就職活動日記やmixiなどで、就活ノウハウは共有されていた。個性的なようで、定型化された自己紹介を何度も聞いた。「納豆のように粘り強い人間」「エアコンのように環境適応能力抜群」などだ。

 たいてい、サークルやゼミの「副代表」だ。サークルやゼミ、アルバイトで、みんなの意見を聞き、問題を解決したエピソードが劇的に伝えられ、このコミュニケーション能力で、営業として活躍したいなどというアピールが待っている。「私はコミュニケーション能力が抜群です」などと棒読みする人もいた。

 その後、大学教員になり、学部の進路指導の責任者も拝命した。学生の進路指導をしたが、やはりパターン化した自己紹介にモヤモヤした。やはり多くは、飲食店のホールのアルバイトをし、コミュニケーション能力を磨いたというものだった。自分がすごいのか、教員や大学が優れているのかわからないような、ほぼ学部紹介、ゼミ紹介のような自己紹介を日々聞いた。

 もっとも、この事象を、マニュアル化した学生・若者劣化論で片付けていいとは思わない。実は、パターン化した自己紹介を生み出しているのは社会、会社、大学ではないだろうか。ここに若者を翻弄する病巣があるともいえる。

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