「すごい」「ヤバい」は使っていい。大事なのは、「何が」すごいか?「何が」ヤバいか?
結論を先にお伝えすると、「ありきたりの言葉を使いながらも、ありきたりじゃない意見を言語化すること」は、誰にでもできます。しかも、たったひとつのことを意識するだけで、誰でも必ず、ありきたりじゃない、独自性のある意見を言語化できるようになります。
では、そのたったひとつのこととは何か…?
「何が」すごいのか?
「何が」ヤバいのか?
「何が」面白いのか?
「何が」楽しいのか?
そうなんです。
この「何が」こそが、あなたの言いたいことであり、ここにこそあなたの意見の核がある。そして、この「何が」の部分に独自性があれば、相手の心は自然と動いていく。
この「何が」の部分こそ、本来は一番言語化すべきことなのです。少し言い換えると、ありきたりじゃない独自の意見とは、独自の視点がある意見、とも言えるでしょう。つまり「いかに他人が気づいていない視点を言語化できるか」ということこそが、言語化力の本質ではないかと私は思います。
逆にいうと、後半の述語の表現部分は、はっきり言ってそう大した問題ではありません。一般的に「すごい」「ヤバい」「面白い」「楽しい」などのありきたりな言葉を使うのはよくないとされていますが、「何が」部分にあなたの独自の視点があれば、使ってもらっても全然問題ないと私は考えます。
さらに言えば、大切な「何が」の部分も、視点が重要であるだけで、そこで使う言葉はごく普通の言葉、ありきたりの言葉で十分なのです。
先日、ネットでこんな記事を見ました。
日本で暮らしているある外国の方のお話でした。日本人の知人と初めて会話すると、大抵「何歳ですか?」と聞かれ、「35歳です」と答えると、「えー、ヤバい」「すごい~」と言われるけれど、何もすごくないし、何がヤバいのかわからない、という話。
よく見る光景で私たちはそのままスルーしてしまいそうですが、確かに何がヤバいのか、全くこの会話の意味がわかりません。たとえば、ですが、「自分と同い年なのに、そんなに知識が豊富でヤバい」「35歳で留学するなんて、その勇気がすごい」などと言えば、会話の意味が見えてきます。
「何が」の部分がきちんと提示できれば、「ヤバい」も「すごい」も使用はOKなのです。
もちろん、あなたが作家やコピーライター、アナウンサー、政治家のように、仕事で言葉を使い、「表現」を武器に生きていきたいなら話は別かもしれません。しかしそもそも、思いや意見、感想を伝える日本語の種類はそんなに多くないという事実は、先ほどお話ししたとおりです。日常の職場や学校の会話で、その数少ない言葉選びに悩んだり、ボキャブラリーの少なさにコンプレックスを抱いたりする必要なんて一切ないのです。
※荒木俊哉・著『言語化は「ありきたりの言葉」でうまくいく。』を元に一部抜粋して再構成
【プロフィール】
荒木俊哉(あらき・しゅんや)/1980 年宮崎県生まれ。一橋大学卒業後、2005年に電通に入社。営業局の配属を経てクリエーティブ局にてコピーライターとして活躍。これまで手掛けたプロジェクトの数は100以上、活動は5大陸20か国以上にのぼる。世界三大広告賞のうちCannes LionsとThe One Showのダブル入賞をはじめ、ACC賞、TCC新人賞、日経広告賞、読売広告大賞、毎日広告デザイン賞など、国内外で20以上のアワードを獲得。広告以外にも、国際的ビッグイベントのコンセプトプランニングや、企業のミッション・ビジョン・バリュー策定のサポートを行う。一橋大学で広告のゼミも担当。著書に『瞬時に「言語化できる人」が、うまくいく。』(SBクリエイティブ)、『こうやって頭のなかを言語化する。』(PHP研究所)、『頭の中がどんどん言葉になる 瞬間言語化トレーニング』(SBクリエイティブ)、『聞き出せる人が、うまくいく。』(祥伝社)がある。