内覧会中の“地主との電話”「冷蔵庫は処分してもいいんだよね?」
積水ハウスの担当社員は内覧会に長谷川が来ないことを当日現場で知る。地主のドタキャンは異常事態だが、委任状を持った弁護士が現れ、信じるほかなかったのだろう。
旅館に足を踏み入れたのは地面師メンバーではカミンスカスただひとり。カミンスカスは服役中で、本件について「(自分も長谷川がなりすましとは知らず)無罪で冤罪」を訴えているが、内覧会の様子は私との手紙のやり取りで詳しく教えてくれた。
《中を見るとゴミだらけだったので土足で約2時間程内覧しました。電気は通っていましたというか1ヶ所電灯がついていました》(2025年4月10日消印)
《(中は)引っ越しした後の様な感じで、必要な物は持ち出し、必要でない物が置いている感じでした。二階にはフトンが一組敷かれていました》(2025年5月1日消印)
カミンスカスは、内覧会中に自分のスマホに長谷川から電話が入るようにも段取りをつけていた。それは長谷川が間違いなく所有者だと印象づけるとともに、1時間近い内覧会をやり過ごすためだったようだ。
内覧会中のカミンスカスから、長谷川に持たせていた“トバシ”のスマホに着信が入る。
「あと5分後くらいに俺に電話かけて」「俺の言うことに、ただハイハイ言うだけでいいから」
カトウは指示通り、長谷川のスマホからカミンスカスに電話した。するとカミンスカスは、さも地主と話しているかのようにこんなことを言った。
「この調理場の調理器具とか冷蔵庫は処分してもいいんだよね?」
また、壁に飾られた真の地主の先祖の写真を見ながらこんなセリフも。
「あー、海老澤さんのご先祖の写真がある。やっぱ、面影ありますねえ」
長谷川よりカミンスカスのほうが役者である。この時の内心は「冤罪」を訴えているカミンスカスからは聞きようがない。しかしカトウは当時、カミンスカスとこんな会話をしたことをはっきりと覚えている。
「怖くなかったの?」
「ヒヤヒヤしたけど、なんとか時間を稼いだよ」
そんな緊迫の時間を過ごすカミンスカスをよそに、カトウらは呑気なものだった。
「内覧会はお昼時だった。『腹も空いたし寿司食べよ』って、新橋駅近くの回転寿司屋に入った。小山さんとの電話も寿司食べながら受けたんです」
食後、車へ戻り待機していると、土井から「もう帰っていい」と連絡が。カトウにとって、この時も詐欺の成功には半信半疑だった。
それでも積水ハウス側はこの内覧会後、本決済を1か月以上早めるという決断を下し、取引は加速していった──。
【プロフィール】
河合桃子(かわい・ももこ)/1977年、東京都生まれ。ライター。週刊誌を中心に執筆。幅広く取材活動を行なっており、特に性風俗にまつわる事件などアングラな業界を長年取材している。積水ハウス55億円詐欺事件の実行犯を取材した『地面師連絡役カトウ』で、第32回小学館ノンフィクション大賞を受賞。同書は6月18日に発売予定。
※週刊ポスト2026年6月19日号