松下幸之助氏の著書には豊臣秀吉に触れているものも多い(時事通信フォト)
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』が好評だ。これまでも秀吉の立身出世の物語は多くの人の心を掴んできたが、とりわけこの偉人に魅入られたのが大阪出身の著名経営者たちだという。たとえば、サントリーの創業者・鳥井信治郎氏は昭和14年に「豊公会」を設立している。秀吉を顕彰するための団体で、理事には鳥井氏の他にも錚々たるメンバーが名を連ねる。その中のひとりに、松下電気産業の松下幸之助氏もいた。『大阪人はなぜ太閤さんが好きなのか』(講談社+α新書)を上梓した在阪のジャーナリスト・竹中明洋氏が大阪財界人の知られざる「秀吉信奉」を追った。【前後編の後編】
店番をしながら太閤記を読み耽る
その鳥井と同じく豊公会の理事だった松下幸之助は、9歳で和歌山から大阪に出て船場の自転車店で住み込みの丁稚奉公をした。船場では小僧のしつけは厳しく、毎朝5時に起きて拭き掃除に掃き掃除、夜遅くまで店番に自転車の修理とみっちり仕事があった。
夜になると店番をしながら太閤記や真田幸村一党が豊臣秀頼を守るため徳川軍を相手に大活躍をする講談本を火鉢にもたれて読み耽ったという。
幸之助が独立してソケットの製造販売をする会社を立ち上げたのは20歳のときである。二股ソケットのヒットで経営を軌道に乗せると、40歳を前に電気器具会社の経営者として頭角を現した。文なし会のメンバーとなったことで鳥井に豊公会の活動に引っ張り込まれたのだと思われる。
【プロフィール】
竹中明洋(たけなか・あきひろ)/1973年、山口県生まれ。NHK記者、衆議院議員秘書、「週刊文春」記者などを経てフリージャーナリストに。著書に『殺しの柳川 日韓戦後秘史』、『決別 総連と民団の相克77年』(ともに小学館)、『大阪人はなぜ太閤さんが好きなのか』(講談社)などがある。
※週刊ポスト2026年5月22日号
