当時の科警研の担当技官は何を語ったのか(時事通信フォト)
今から34年前、福岡県飯塚市で女児2人が殺害された「飯塚事件」。9月24日、事件の弁護団は、元死刑囚と犯人のDNA型が一致しない可能性を示す新証拠を得たとし、3度目の再審請求に踏み切った。
その直前には、北関東連続幼女誘拐・殺人事件を再検証したNHKのドキュメンタリー番組が大きな反響を呼んだ。2つの事件をつなぐのが、後に冤罪を生んだとして問題視されるDNA型鑑定「MCT118法」だ。鑑定を担ったのは科学捜査の中枢である科警研(科学警察研究所)。当時絶対視された鑑定の問題点、そして警察組織に組み込まれた鑑定機関が抱える構造的問題を抉る。【全文】
目次
1990年の足利事件で本格的に導入された「MCT118法」
「(鑑定は)当時としては確立された技術であり、正しい手法で(DNAの)一致が確認された」
後に冤罪となった事件で問題になったDNA鑑定にスタッフの一人として関わった科警研の元技官は、本誌・週刊ポストの取材にそう正当性を主張した。しかし今、この国の科学捜査の信頼性が大きく揺らいでいるのは確かだ――。
1992年に起きた飯塚事件では発生の2年後に、久間三千年容疑者(当時)が逮捕された。一貫して犯行を否認していたものの、最高裁で死刑判決が確定し、2008年10月28日に刑が執行された。
飯塚事件に長く携わる弁護士の岩田務氏が言う。
「今回の新証拠により、当時DNA鑑定を行なった科警研の技官らがあろうことか実験結果を改竄し、久間さんを犯人に仕立て上げる鑑定書を作成していた疑いが浮上した。久間さんの無念、ご家族のその後の人生の苦難を知る自分としては、当時の科警研の技官らに対し、そのような鑑定書を書くのは科学を志した人間のやることか、と心の底から怒りを覚えます」
時を同じくして、北関東連続幼女誘拐・殺人事件を取り上げたNHKのドキュメンタリー番組『未解決事件 File.19』(9月23日初回放送)が大きな話題となった。
1979年から1996年にかけて栃木と群馬の県境をまたいだ半径10キロ圏内で発生し、いずれも幼い少女が犠牲になった5つの未解決事件。そのうち1990年5月に栃木県足利市で発生した「足利事件」は後に冤罪事件に発展したが、同事件で誤認逮捕された菅家利和さんを犯人とする根拠とされたのが、科警研によって行なわれた「DNA型鑑定」だった。
警察庁の附属機関である科警研は、科学捜査の研究開発のほか、それらを用いた鑑定・検査を警察や裁判所の依頼を受け実施する専門機関だ。
番組では、科警研が足利事件のDNA鑑定に採用した「MCT118型検査法」について、開発・導入された経緯や検査法そのものの問題点について詳しく検証している。
足利事件を20年にわたり取材して著書『殺人犯はそこにいる』などをまとめ、番組の取材班に加わったジャーナリストの清水潔氏が語る。
「足利事件で亡くなった松田真実ちゃん(当時4歳)は北関東連続幼女誘拐・殺人事件のなかでも、栃木県足利市で起きた3件目の被害者です。3つの未解決事件はすべて足利署に捜査本部が置かれたこともあり、警察上層部から『何が何でも犯人を逮捕しろ』というプレッシャーが現場にかかっていた。
そうしたなかで、事件の捜査にMCT118法が初めて本格的に実践導入された。新しい技術を何とか導入したいという警察庁の思惑もあったでしょう。警察は菅家さんに目を付け、ゴミからDNAを採取して鑑定し、『犯人と一致した』と断定したのです」
押田茂實・日本大学名誉教授が再鑑定を行なった、菅家さんのDNA型鑑定(MCT118法)。菅家さんのDNA型は科警研が判定した犯人の「18-30型」ではなく、「18-29型」であることが判明した(押田氏提供)
裁判では菅家さんや弁護団は無実を訴えたが、MCT118法の証拠能力は揺るがず、2000年7月、最高裁で菅家さんの無期懲役が確定した。
その後の再審請求などを経て裁判所がDNAの再鑑定を認め、2009年にMCT118法よりも新しい「STR法」で鑑定し直した結果、菅家さんと犯人のDNA型が一致しないことが判明。菅家さんは釈放され、翌年に開かれた再審で無罪が確定した。
「当時の多くの人はDNAを325通りの型に分類する科警研のMCT118法の精度は極めて高いと思っていた。しかし、再鑑定に用いられた新しいSTR法は4.7兆人に1人の確率で個人を識別できる。精度が圧倒的に違いました」(清水氏)

