「これで十分」と思える最も合理的な選択
こうした選択は、行動経済学者ハーバート・サイモン氏が提唱した「サティスファイシング(Satisficing)」という意思決定理論に重なる。人は常に完璧な選択肢=最適解(optimal solution)を探すわけではない。現実には、時間や情報、判断能力に限界がある。だからこそ、必要な条件を一定レベルで満たしていれば、その時点で「これで十分」と判断し、選択を終える。これが「満足できる選択肢(satisfactory choice)」を選ぶサティスファイシングという行動である。
たとえば、終電ギリギリで腹が減って、カップルが2人で歩いているとする。選べる店は限られており、座って温かいものを食べたい。こんなとき、高級なフレンチや人気のラーメン店を検索して探す余裕はない。注文から提供までも早く、接客も無難で居心地が悪くない。空腹を満たし、落ち着いて2人で食事ができる。そのすべてを考慮したうえで、「これで十分」と思えるのがサティスファイシングであり、実際には最も合理的な選択となる。この判断は、デートコースにおける安易な妥協ではない。
むしろその合理性に共感できる相手こそ、価値観の相性がいいとも言える。混雑した日常の中で気軽に「ここにしよう」と日高屋に入れる判断は、自立した感覚と誠実な関係を築く第一歩になりうる。サティスファイシングな恋愛の入り口として、日高屋はもっと評価されるべきである。
【プロフィール】
小倉健一(おぐら・けんいち)/イトモス研究所所長。1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立して現職。