労働の前でもビールはうまい
90分一本勝負の幕開けはやはりビールから
暖簾をくぐると、奥のテーブルへ案内された。同行はいつもの飲み友ケンちゃんと、同じく飲み友のRさん、こちらは麗しい女性である。時刻は午後2時。混みあう店だから、予約なしだと入れないことがあるし、以前、2人での予約は当日に席が空いているときでないとできないと聞いたことがある。今回は、3人で、しかも昼の繁忙期を少しずらした午後2時であるから、店に迷惑はかかるまい。これは我が昼酒の基本的なスタンスであるが、中華屋にしろ、蕎麦屋にしろ、飲むならば、昼時のもっとも忙しい時間帯を避ける、せめて避けようと心掛けるべきだ。
だから午後2時。予約もばっちり。奥のテーブルでゆっくりできるのだが、そこは繁忙店である。予約をしたとて、ひとテーブルを占拠できるのは1時間半と決められている。
90分1本勝負。なんの問題もない。頼みたいものは、ほぼ決まっているのだ。
まずは生ビール。乾杯し、タンにハラミにサンチュにキムチ……。ほどなくして生ビールが運ばれて来る。発声するのは私だ。
「さあ、いこう! 昼酒、ゴメン!」
「ゴメーン!」
おバカのカンパイである。はぁ~、ビールがしみる。まだなんの労働もしていない、その日の最初の昼ビールが、なぜかくもうまいのか。労働の後の酒がいちばんという格言が色あせてしまう。
小上がりのお客さんたちの中には、すでに顔が赤くなっている人もいる。そろそろ制限時間だろうか。我々は、まずは網にタンをのせる。見惚れる美しさのタンである。私は、幸福感に包まれる。日ごろ、午前も遅くなってから食べる朝飯を抜いてきたのだ。大好きなレバニラ炒めを食べに出かける前には朝から絶食するバカボンパパよろしく、還暦過ぎて恥ずかしいが、私はこのとき、ひどく腹をすかしていたのである。
肉厚のタンは、近頃、脂が強く感じられて持て余すもこともあるのだが、この店のタンはボリュームがあるのに上品で、何枚でもいけそうな気にさせる。
上品なタンはレモンでさっぱりいただく
そこへ、もっと肉厚で、見るからに強烈なボリュームの、ハラミがやってきた。この店の名物のひとつだろう。ケンちゃん、Rさんの目つきも変わりますよ。
網の上のタンを焼き切るのももどかしいとばかりに、焼きかけのタンを網の端に移動し、中央にハラミをどさりとのせる。
細く煙があがり、やがて、少し太くなる。おお、これこれ、これを喰いたいがために、多摩から浅草まで空腹をかかえてやってきたのだ。私は生ビールを飲み干し、レモンサワーをいただき、前のめりになりつつ、先に焼きあがるタンを一気に2枚口へ放り込む。
このハラミ目的に通う常連も多い