法律の専門家からも疑問の声
特に、市場原理を無視した政策介入は、これまで日本の農業が抱えてきた構造的な問題、すなわち補助金や関税といった非競争的な手段による過保護がもたらした弊害をさらに深刻化させる恐れがある。市場の自由な競争が農業の成長と効率性を高めるという国際的な研究の知見に反する政策は、結局「亡国の道」へと繋がるのではないかという懸念が拭えない。
この新しい放出方式は、法律の専門家からも疑問の声が上がっている。主要食糧法の目的は、政府備蓄を通じて「米の供給が不足する事態に備えること」と明確に限定されており、政治的な価格操作を目的とするものではない。ジャーナリストの浅川芳裕氏は自身の論考(note、5月24日)の中で、小泉農水大臣による備蓄米の価格指定が、主要食糧法の制度趣旨を逸脱した「脱法的な介入」であると断じている。主要食糧法の「価格の安定」という目的は、恣意的な価格操作を正当化するものではなく、需給全体の整合的な調整を通じて安定供給を図ることで達成されるべきものだという指摘は重い。
今回のように、大臣交代という状況下で政治的なアピールを意識して設定された価格が市場を歪めるような運用は、制度趣旨に反するという批判は正当であろう。行政の裁量権を逸脱したこのような行為によって、農家や流通業者が不利益を被る可能性も否定できず、取消訴訟や国家賠償請求訴訟といった法的リスクすら浮上する。市場の需給に応じて自然に形成されるべき価格に対し、政府が一方的に低い価格水準を指定し、事実上の相場形成に介入することは、経済的損失を被る農家にとって経営の安定性を根幹から脅かす行為となる懸念もある。
備蓄米の放出によって、本当に市場価格全体が目標通りに下がるかどうかも不確実である。農水省が公表した資料は、販売価格が5キロあたり2000円程度となるよう売渡価格を設定したことを示しているが、これは「一般的なマージンを考慮し、既存在庫とブレンドしない前提で試算した場合」の試算価格に過ぎない。実際の流通においては、業者のコスト構造や、他の在庫とのブレンドなど様々な要因が影響する。