5月30日、USスチールの労働者を前に演説したトランプ大統領(GettyImages)
日本製鉄によるUSスチール買収計画が最終局面を迎えている。そのなかでトランプ大統領による「自動車関税」「鉄鋼関税」と買収計画のかかわりも見逃せない。ノンフィクション作家の広野真嗣氏がレポートする。
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日本製鉄によるUSスチールの子会社化が、買収金額140億ドル(2兆円)、プラス追加投資が140億ドル(2兆円)の合計4兆円に上ったことについて「割高な支出」といった解説も見られる。
もちろん、米政府と日鉄の間で結ばれる「黄金株」導入などをめぐる国家安全保障協定の内容にもよるが、日鉄の投資に対して健全なかたちで収益が上がるならば問題は生じない。
「むしろ、日鉄がアメリカ市場に重心を移すフェーズが、このトランプ氏との交渉を背景に、より早く訪れることになったと考えることもできる」と語るのは、日刊市況通信元編集長の冨高幸雄氏(スチールストーリーJAPAN主宰)だ。
日本の国内需要は減少傾向が続いている。鉄鋼連盟の4月の発表によれば、2024年通期の粗鋼生産量は3年連続で減少して8295万トン。これは、新型コロナウイルスのパンデミック初期の2020年の水準にまで落ち込んだことになる。
人口が減り続ける日本で建材や自動車販売が伸び悩むのはいたしかたないが、気になるのはアメリカが打ち出した自動車関税の交渉の行方だ。
日本政府は撤回を求めてはいるものの、25%が上乗せされた関税(乗用車で都合27.5%、トラックで都合最大50%)が大幅に引き下げられるかは微妙だ。アメリカ政府の主張通り恒久措置となれば、日本からの自動車輸出に影響が及ぶのは避けられず、これが、日本国内の鉄鋼需要の減少に拍車をかける可能性もある。
将来的な国内需要の長期低落傾向を踏まえれば、日鉄にとって、「関税の壁」をジャンプして飛び込んだアメリカ市場の内側でのビジネスが持つ意味はより重くなる。
5月30日の演説で、トランプ氏は鉄鋼関税を現在の2倍の50%へと引き上げると表明しており、中国や韓国を含めた世界のライバルの企業が今後、アメリカ市場に入ることはより困難にもなった。
つまり買収計画を打ち出した日鉄会長兼CEO・橋本英二氏は、アメリカ進出の最大のチャンスを総取りしたようにも見えるのだ。米国の鉄鋼需要という面だけでなく、電炉による供給という条件面でも好機だったと言えるかもしれない。