暑い日はまずはさっぱり系から
高級感すら漂う佇まいの水ナス
さて、つまみは何にしようか。丸テーブルの上のメニューを開く。ザワークラウトにニシンのマリネがある。いいねえ、暑いときに最適のさっぱり系だ。おっと、その名もずばり夏のおすすめとして、泉州水ナスのカルパッチョがあるではないか。泉州といえば、岸和田育ちのケンちゃんの故郷だ。
「懐かしい味があるよ、これにしようか」
そういう私にケンちゃんはいきなり告白した。「今はおいしいと思いますけど、昔、水ナスは好きじゃなかったんですよ」
なんてこった! でも、まあ、今は好きだというのなら問題ないか。まずはこれを頼むことにしよう。
白シャツに黒のベスト姿の女性ホールスタッフが運んでくれた水ナスは、シソやミョウガ、ラディッシュやレッドオニオンなどの薬味が効いて爽快かつ香り高い。口に入れて噛むとたっぷりの水気が出てくる甘い水ナスを、薬味がよく引き立てていた。この一品でビールの2、3杯イケてしまうような痛快な旨さなのだ。
エビスの生の旨さも比類ない。工場でできたばかりのビールを持ってきてよく冷やし、伝統の「一度注ぎ」で完成させたものだろうか。見た目の泡と液体のバランスはもちろんなのだが、口に含んだときの、泡の丸さ、するりと入ってくるビールのほろ苦さ、上質なビールが放つ高貴な香り……。これらすべてが、はるばる銀座へ昼下がりの1杯を飲みに来た昼酒オヤジであるところの私の舌と心に、じわりと沁みるのだ。
くーっ、ありがたいねえ。
「アタシはこのビールが猛烈に好きだ!」
という気持ちは、近頃、ジジイの耳にも入る「推し」なんて感覚とは別物だろう。これはいわば、五穀豊穣を寿ぐ崇高なる気分に近いのである。ケンちゃんもその気持ちは同じのようで、声にこそ出さないが、グラスを傾け、ビールを流し込み、ごくりと飲んだ後の、くーっ! という表情に、今この瞬間の世界への感謝が表れているのだった。