読みながら飲むという幸せ
とにかく塩梅が最高のオイルサーディン
それはさておき、さっそくハイボールをいただこうではないか。
うん。うまいね。やっぱり、ここんちの角瓶はうまい。1本分けてもらいたいと思うが、店主は一度も分けてくれたことはない。まあ、当たり前か。スルスルと1杯が入っていく。ライオンのビールの後のハイボールはまた格別だ。酷暑の昼酒はこれでいいのだ。
ケンちゃんが頼んだオイルサーディンが出てきた。これが、うまいんだ。缶詰のオイルサーディンの油を捨ててから酒を入れ醤油をたらし、コショウと山椒の実をパラパラしてからコンロでじわりと加熱する。たしか、そんな感じだったと思うのだが、缶の端っこから頭を取った小さなイワシの一尾をつまみ、口へ放り込む。
はあ、うまい。イワシは小ぶりだが、身がふわりとして、あっという間に口の中でとけていく。素材そのものの質が良いのだろうけれど、酒、醤油、コショウ、山椒のバランスがまた、すばらしいのだと思う。なんというか、食というものにとても疎いワタクシには的確な言葉が見つからないが、俗にいう塩加減に倣えば、酒加減、醤油加減、コショウ加減、山椒加減がいい。塩梅がいい、ということでしょう。なにしろ、ハイボールが進むのである。
カウンターにも、バックバーにも、酒、酒場、食などに関する本がたくさん並べられている。自由に手にとって、飲みながら読み、読みながら飲めるのが嬉しい。そして、あまたある名著の中に、分厚いバインダーに綴じられた『ウイスキーヴォイス』という雑誌がある。サントリーがバーに配っている雑誌で、私は昔、記者として毎号の取材編集に参加していたことがある。懐かしい。
『ウイスキーヴォイス』の編集の欄には「大竹聡」の名前が
ファイルの1冊を手に取り、ぱらりと開いてみたのは2002年発行の同誌第10号だった。特集のテーマは「わたしの失敗」。よく、覚えている、この取材記事は私が担当した。超ベテランを含めたバーテンダーたちがカウンターの中でしでかしてしまった失敗談を集めた。そこには生身の客とバーテンダーがいた。酒はたくさん飲んで来たけれどバーの何たるかを知らなかった頃のことで、とても刺激的で楽しい取材だった。
「これ、2002年発行か。23年前。うん? オレ、まだ30代だったのか!」
「僕もまだ33歳でしたよ」
「そうだよね。まだ、若者という感じだったな間口さんも」
店主と私が、あの頃は若かった話をしていると、やおら、ケンちゃんが、身を乗り出した。
「僕は、2002年に就職したんです」