同じレシピでも味が異なるからおもしろい
味わい深いマンハッタンで締める
いつしか、身体の火照りも静まっている。とてもいい気分だ。時刻はすでに4時を回り、移動時間を抜いても3時間以上、飲んでいる計算になる。飲んだ量にもよるけれど、昼酒はふわりと酔いが回りやすいから、このあたりが締め頃ではある。けれど私のほうは、先刻少しばかり眠気を感じたものの、ギムレットを飲み干すときには、もう1杯やらずには席を立てない気分になっていた。ここは、もう1杯、スタンダードで攻めてみよう。
「マンハッタン、ください」
カナディアンクラブとスイートベルモットと、数滴のアンゴスチュラビターズをミキシンググラスの中でステア(回す)し、グラスに注いだらマラスキーノチェリーを入れ、レモンの皮で香りをつけて完成。ベースをジン、副材料をドライベルモットにしたのがマティーニで、私はそちらも好きだが、ひとまずの締めの1杯には、とろりと甘くて味わい深く、ベースのウイスキーを感じさせるマンハッタンを選ぶことが多い。
これもまた、バーテンダーごとの個性がよく出るカクテルなので、タケちゃん、緊張するかなと思ったが、なに、実に落ち着いた所作でおいしい1杯を供してくれた。
味わいはお師匠である新橋さんとも、そのまたお師匠さんである上田和男さんとも、やはりちょっと違うように思う。いつも思うが、同じレシピでつくって味が異なるのは、なんとも不思議なんだな。しかし、だからおもしろいとも言える。バーで飲む酒は、1杯のソーダ割りでも格別にうまい。それも謎だが、だからおもしろい。
おいしいマンハッタンを飲み終える頃、昼からの酒が、穏やかな酔いをもたらしてきた。そろそろ河岸をかえようか。ひとまず神楽坂駅で東西線に乗るか……。
このとき私の頭にあったのは、東西線の三鷹行に乗ることだった。高円寺、荻窪、吉祥寺、三鷹……。さて、どこで飲もうか。まあ、電車に乗ってから考えるとするか。
神楽坂の坂上に佇むカウンター6席の小さな名店(「サンルーカル・バー」東京都新宿区神楽坂6-43 K’s Place102)
【プロフィール】
大竹聡(おおたけ・さとし)/1963年東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒。出版社、広告会社、編集プロダクション勤務などを経てフリーライターに。酒好きに絶大な人気を誇った伝説のミニコミ誌「酒とつまみ」創刊編集長。『中央線で行く 東京横断ホッピーマラソン』『下町酒場ぶらりぶらり』『愛と追憶のレモンサワー』『五〇年酒場へ行こう』など著書多数。「週刊ポスト」の人気連載「酒でも呑むか」をまとめた『ずぶ六の四季』や、最新刊『酒場とコロナ』が好評発売中。