バブル期までは盛大な葬儀を行うケースも少なくなかった(イメージ)
昨今、多くの人の難題となっているのが「墓」である。実家の墓を継ぐ人がいない場合や遠方の墓参りは負担が大きいなど、様々な理由で「墓じまい」を考える人が増えている。しかし、そんな現状に疑問を呈するのが宗教学者・島田裕巳氏だ。『無縁仏でいい、という選択』(幻冬舎新書)を上梓した島田氏が、日本の葬送の歴史について説明する。【全3回の第1回】
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人が死ぬと葬儀を執り行ない、荼毘に付す。残った遺骨を拾い集め、墓に埋葬する。日本人は長くこの方法で故人を弔ってきた、いわば伝統のようなものだ。だが、どれだけの人が葬送について正しい知識を持っているだろうか。
多くの死は突然やってくる。そして葬儀は、十分な準備のないまま、突然始まる。核家族化が進み、近親者の死に対して経験の浅い遺族は、葬儀の知識もない。葬儀業者のシステムに頼りきる格好で、埋葬までの一連の儀式が行なわれる。
一方、昭和の初め頃まで、日本の農村社会では、三世代、四世代同居の家は珍しくなく、死は現在よりも身近だった。先祖代々の田畑を守る農村社会にとって死者は先祖につながる重要な存在で、家によっては盛大な葬儀を執り行なう意味があった。
当時はまだ「土葬」が中心だった。弔いは重労働で、遺族がやらなければいけないことも多かった。それを助けるため、近隣住民が寄り集まって、「葬式組」を組織し、土葬のための穴を掘ったり、弔問客を捌いたり、あれこれと働いた。
